790話 見下ろす眼
「ホゥ……? あのサキュドが人間を守って……?」
時は少し戻り、サキュド達が地上で死闘を繰り広げている頃。
テミスはその遥か上空で羽根をはためかせ、感慨深げに戦いの行方を見守っていた。
「成る程……確かに、想定以上に厳しい戦いを強いられている」
戦場を見下ろしたテミスの視界の端には、老練な男と渡り合うフリーディアの姿も映っており、敵戦力に含まれている冒険者将校をはじめとする特記戦力が、十把一絡げで無いことを噛みしめていた。
だが、それでも。
眼下で戦いを繰り広げている連中は話が別だ。
確かに、現在ファントへ進撃している雑兵紛いの連中よりは、少しばかり力はあるのだろう。
しかし、レオンやミコト……加えてサキュドまでが雁首を揃えているというのに、苦戦を強いられるような相手ではないはずだ。
「フム……天通眼」
眼下の状況に僅かな疑問を抱いたテミスは、己の能力を発動させると、全てを見通す眼を以てサキュド達の様子を観察する。
それによれば、レオンとミコトは殆ど戦闘不能。体力も魔力も既に枯渇している。更に残ったサキュドも、残存魔力は既に極僅かしか無く、彼女が本来持つ実力の三割も発揮できていなかった。
「クク……だが、まだだ……。お前ならば……お前達ならば切り抜けられるはず……そうだろう?」
二度。三度。と。
サキュドが自らの魔力を込めた槍を振るい、次々と放たれる炎の壁を切り裂くのを眺めながら、テミスは静かに笑みを深めて囁くように言葉を漏らす。
「ミコトとレオンは……限界か……。死力をふり絞り、命を賭ければ幾ばくかは振るえるやもしれんが……そこまでの義理もあるまい」
その様子はまるで、観客席からスポーツを楽しんでいるかのようで。
テミスは手にした大剣をだらりと携えたまま、ただその様子を見下ろし続けた。
そして。
「むっ……! 強化魔法が……おぉっ!?」
サキュドに施された強化魔法の効果が切れた瞬間、心身を奮い立たせてレオンが攻撃を受け止めると、テミスは拳を握り締めて歓声を上げ、クルリとその場で一回転する。
「そう! そうだ! 行けるぞ!! 私などの力など借りずともッ!!」
そして、震える声で声援をテミスが送る下で、ミコトの魔力とサキュドの魔力が混ざり合う頃には、テミスの目尻には熱い涙さえも浮かんでいた。
もしかすると……決して相容れる事の無かった人と魔が手を取り合い、眼前に降りかかる圧倒的な劣勢を……絶望を切り払う!! そんな世紀の瞬間を、見る事ができるかもしれない。
テミスは胸に抱いた期待を高鳴らせながら、その瞬間を今か今かと待ち構えていた。
……次の瞬間。
「消し飛べ!! 火ザルッ!!」
燃え盛る炎の壁の中から、まるで大海でも割り出でてくるかの如く、紅の槍が周囲に火の粉をまき散らしながら突き抜けてくる。
更にその周囲には、ミコトの魔力である青色の魔力を纏っているだけではなく、レオンが貼っていたであろう防壁の欠片まで飛散していた。
しかも、猛火の壁を破ったその背後では、レオンが、サキュドが……鬼気迫る表情で敵を見据えていて……。
「っ~~~!!!!」
テミスはそんなサキュド達の雄姿を見た瞬間。ビクリとその身を跳ねさせて興奮を露にすると、目尻に浮かんでいた涙を零して感涙した。
今まさに……奇跡は成ったのだ。
あのサキュドが……あのレオンが……。互いの全力を併せ、ファントへと迫る脅威に抗って見せたのだッ!!!
「グッ……ずわあああああァァァァッッ……っぶねぇぇッッ!?」
そんなテミスの遥か下では、飛び上がった格好のままサキュド達の放った槍に半身を貫かれながらも、まるで全身が炎となったかのように揺らめいたヒロが、大仰な叫びと共に地面に着地した所だった。
同時に、サキュド達の放った槍がテミスの傍らを掠め、遥か上空へと疾駆していった。
「……見事ッ!!!」
全ての気力と、全ての魔力を使い果たしたのだろう。
ただ独り歓声を上げるテミスの下では、レオンとサキュドが膝から崩れ落ちるように力尽き、倒れていく。
その傍らでは、身体の大きさが半分ほどに小さくなったヒロが、ぶるぶると全身を震わせながら立ち上がっている。
「その奇跡!! 穢させてなるものかッ!! 私たちの業は我が手に……されどその勝利は、お前達の手にッ!!」
突如。
テミスは高らかに叫びをあげてその場で大剣を手放すと、バサリと大きく羽を広げて羽ばたかせ、一瞬で更なる上空へと飛び去って行ったのだった。




