783話 フタリノセカイ
――俺達の出会いは最悪だった。
身を焦がすような怒りに呑まれながらも、ヒロは自らの足元で浅い呼吸を繰り返すトーヤにチラリと視線を送りながら、彼との思い出を回想していた。
よく考えれば二人とも、ただのあぶれ者だったのだろう。
下らねぇ連中が薄っぺらい笑顔を浮かべながら、その場だけの友達ごっこに興じている。
俺はそんな薄めたインスタントコーヒーみたいなやり取りに我慢できなくて、そんな連中を心底馬鹿にしたかのような目で眺めていたお前に声をかけたんだ。
「なぁ――」
「――黙れ」
「はっ……?」
返ってきたのは、容赦の無い第一声。
それも、さっきまでクラスの奴等に向けていた視線なんかよりも一等冷たい目で俺を睨み付けたお前は、心の底から嫌そうに深いため息を吐いてこう続けたんだ。
「ウザいんだよ。話しかけんな」
「っ……!! ンだその態度ッ!! まだなんも言ってねぇだろッ!!」
そこから始まったのは、教室全部を引っくり返すような大喧嘩だった。
お前は勉強ばっかのヒョロヒョロな体してるクセに以外に強くて……当時喧嘩ばっかりしていた俺と対等に戦り合えるくらいに強かったんだ。
喧嘩の後は二人して職員室の教師のトコロに呼び出されて大説教。あの時は二人とも殴り合ってパンパン顔が腫れてたってのに、雁首並べて正座してたよなぁ……。
「っ……!!!」
長いようで短い、ヒロはトーヤとの間に紡がれた友情の数々を思い出すと、堪え切れなくなって溢れた涙が頬を伝った後、燃え盛る炎に焼かれて蒸気となって消えていく。
「ハッ……泣いてンのかよ。らしくねぇな……」
「うるせえよ……勝手に溢れてくるんだ」
「…………。甘チャンが……」
「っ……!! 怪我人は黙って寝てろ」
そんなヒロを見上げたトーヤが、せせら笑いと共に言葉を零すと、ヒロはトーヤの事を振り向く事すらせず、ぶっきらぼうに言葉を返す。
そうだ。コイツとは色々な事があったけど、今じゃこれ以上ないってくらいの相棒だ。
コイツは俺みてぇな馬鹿なんかよりもよっぽど頭が切れるし、こんなワケのわかんねぇ世界に飛ばされた後も、びっくりするくらい冷静な判断を下してきた。
俺はただ……そんなコイツの隣で拳を振るっているだけで、今まで何もしてこなかった。
「へへっ……!!」
「……? んだよ……」
「ここは俺に任せろ! お前の分まで、キッチリあいつの事殺してやっからさ!」
「頼んでねぇよ……馬ァ鹿」
「ハハッ!」
ヒロは自らの意志に関わらず流れ出ていた涙を拭うと、精一杯の笑みを浮かべてトーヤへと顔を向けた。
しかし、肝心のトーヤはそっぽを向いたままボソリと呟くだけで。
それでも、自分から背けた頬が今頃僅かに染まっている事を知っているヒロは、ただ得意気な笑みだけを浮かべてトーヤに背を向ける。
「ハッ……!! 待たせたみてぇだな!!」
「……別に」
そして、ヒロは地面を踏み鳴らす音と共に静かに佇むレオンの前へと歩み出ると、怒りに燃える瞳をギラギラと光らせて口を開く。
だが、相対するレオンは自分の剣を肩に担いだように構えたまま、涼し気な顔で立っているだけで、獰猛な気配を滾らせるヒロに静かに言葉を返しただけだった。
「気に入らねぇ……!! 何だよその態度ッ!! トーヤを……人を一人ブッた斬っておいてッッ!!」
「だから何だ。お前のやろうとしていた事と同じ事をしただけだ」
「ふざけんなッ!! 俺達はお前等とは違うッ!! 俺達は人間だぞ!! 魔族なんて連中に手を貸している奴等なんかと一緒にするんじゃねぇ!!」
「フン……」
下らない。と。
剣を構えた格好のまま、レオンはただ一言胸の内で吐き捨てた。
全身に炎を纏って戦う戦士。なかなかに腕の立つ厄介な連中だと思ったら、中身はただの幼い子供ではないか。
自分が益のある立場の時は存分にそのぬるま湯を堪能し、旗色が悪くなった途端に全ての責任を放り出し、他者に擦り付けて駄々をこねる……。その力が精神相応に軟弱ならば大した害では無いものの、なまじっか力があるだけ厄介だ。
こんな奴、テミスでなくとも誰だって腹の虫に任せて切り捨てたくなる。
それは無論、冷静沈着なレオンとて例外では無かった。
「俺はぜってぇ!! お前を許さねぇッッ!!!」
「…………」
だが。
一人で勝手に身勝手な怒りを燃やしたヒロが、燃え盛る炎の棒を手に高く跳び上がっても、レオンはただ小さな笑みを浮かべるだけで一歩たりとも動かない。
……否。動けないのだ。
「オオオオオオルァァァァァァアアアッッ!!」
「チッ……」
轟々と燃え盛る炎を振りかざすヒロへ鋭い視線を向けながら、レオンは小さな舌打ちを零す。
二人の間に友情がある事など、傍から見ればすぐに分かった。
だからこそ、これは一種の賭けだった。
残り僅かな体力で片方を倒し、歯を食いしばって余裕を見せていれば、撤退の判断を引き出せる可能性があると踏んでいたのだ。
「すまない……皆……」
まさか、戦場に出て来る人間が、こうも幼い精神性を有しているとは……寄せ集めにも程がある。
レオンは悔し紛れの憎まれ口を胸中で唱えながら迫り来る炎に視線を向けると、鉛のように重たい全身を強張らせたまま、ボソリと呟きを漏らしたのだった。




