72話 古の神器
「ここをこうして……よしっ! 完成だっ!」
コルドニコフとテミスが銃を作り始めてから数日後。薄暗い工房の中にテミスの歓声が響き渡った。
「あ~っと……もう入ってもいいですかい?」
「ああ。すまないな」
中扉の向こう側から、歓声を聞きつけたコルドニコフの声が飛んで来る。パーツの作り方を知っている奴に伏せても意味は無いかもしれないが、一応組み上げる所は席を外してもらった。
「いえ。確かにお気持ちは解ります。文献にあったものですら身の丈程はあったはず……それをそこまで小型化するなど……」
「あ~……まあ、なんだ。こんなものが出回ったら、恐ろしくて外も歩けまい?」
テミスが苦笑いを浮かべて入室してきたコルドニコフの方を見やると、彼は小刻みにコクコクと頷いた。どうやら、この世界にかつて存在したらしい銃はマスケット銃のようなもので、この拳銃のように便利な代物では無かったらしい。
「ハハ……完全にオーバーテクノロジーだな……」
そう呟くとテミスは、乾いた笑いを零しながら傍らに転がっていた弾を手に取った。
「いくらか試し撃ちと行きたいが……露見するのも好ましくは無いな……」
テミスは慣れた手つきで銃に弾を込めると、軽やかに手を翻した。拳銃は、ジャキッ。という小気味のいい音と共に、テミスの手の中の黒い塊は鈍い光を放っていた。
「それよりも……名前はどうしやすか?」
「名前……? そうだな……」
数日がかりの大仕事に満足したのか、どこか誇らしげなコルドニコフが問いかけてくる。正直、名前なんて考えていなかったのだが……。Mなんたらとかパイソンだとかいう名前でも付けるか?
そう考えながらテミスは、手の中の小さな黒い塊へと視線を落とす。この体に合うように作ったから詳細は違うが、装填数や口径などは使い慣れた警察銃に合わせたつもりだ。できればブローバックタイプの物にしたかったが、リボルバータイプくらいの単純構造が、見よう見まねで作れる限界だった。
「何か案は無いか? 話を持ち込んだのは私だが実際に作ったのはお前なんだ、銘を付けるのならその役目はお前が負うべきだろう」
「なるほど……でしたら、イチイバル……などいかがでしょうか? 古代の文献に記されていた物ですが、原初の銃にして百発百中の神器だったとか……」
「あ……ああ……」
顔を上げてコルドニコフに問いかけた後、テミスは頬を引き攣らせながら再び銃へと視線を戻した。そうだった……この世界の人間のネーミングセンスはアテにするべきでは無かったのだ。
「お……お気に召しませんかね……なんでも逸話の多い代物でして……一度に十の弾を撃てたという伝承をカケてみたのですが……」
「いや……いい。いいぞ。うん。イ……イチイバルだな。うむ。いい名前だ」
「本当ですかい! そいつは良かった!」
テミスが言葉を詰まらせながら頷くと、コルドニコフは途端に顔をほころばせて飛び上がった。だがしかし、こうして名を付けるとなんともこそばゆいと言うか気恥ずかしいと言うか……。
「っ~~~~~!!!」
そこまで考えた途端、突然顔から火が出る程気恥ずかしくなりテミスは机に勢い良く突っ伏して悶絶した。
「っと、テ……テミス様っ! お喜びになるお気持ちは解りますが、危ないですよ?」
「っ……ああ、そうだったな」
焦り気味に差し込まれたコルドニコフの言葉に、テミスは慌てて顔を上げる。形がほとんど同じだからつい忘れがちだが、これは紛れもないこちらの世界の物なのだ。故に、セーフティのような複雑な機構は取り付けられなかったし、雷管の代わりに炎の魔石を使っているため、弾はほんのりと温かい。
「あとは……ぶっつけ本番か……」
そう言って、テミスは銃口を誰もいない前方へと向けて構える。一応照準も付けてはいるが、正直何処までアテになるかはわからない。
「だが……これで戦えるッ!」
要は、飛んで当たればそれで良いのだ。以前の世界のように腕やら脚やらを狙わなくて良い以上、だいたい前に飛べばそれでいい。
「……では、世話になった。また弾は入用になるだろうから、その時は頼む」
そう言ってテミスは撃鉄をゆっくりと下ろすと、拳銃を懐へとしまう。ホルスターが無いのが厄介だが、その辺りはまあ後で作ればいいだろう。
「へぇ。ご用命を首を長くしてお待ちしておりやす……ですが、テミス様。一つだけ許可をいただきたいのですが……」
「……? なんだ?」
「いやっ……あのですね……」
戸口で振り返ったテミスが、怪訝そうに眉をひそめる。まさかとは思うが、個人で作りたいなどという訳では無いだろうな?
「その~……改良とかをですね。してみたいな~……なんて思う訳でして」
「はっ?」
歯切れ悪くコルドニコフが告げた途端、素っ頓狂なテミスの声が工房に響き渡った。
「いやそのっ! 例えばですがね? この弾頭のここン所に魔石を仕込んだりすれば面白い事になりませんかね? 後はコッチの本体に残る方に術式を刻んでおいたりとか……って、テミス様?」
「……あ、ああっ? そ、そうだな……。口外しないのだったら許可する。ただし、これは私の……その……なんだ。秘匿武器? だからな。決して漏らすな」
「はっ! 勿論でさぁ! ありがとうございます! へへっ……そうと決まりゃ早速いくつか……」
テミスが呆れ気味に頷くと、見送りも途中で放棄してコルドニコフは工房の中を派手に動き回り始める。ここ数日顔を突き合わせて解っていた事だが、この男はどうやら職人というよりも武器マニアに近いらしい。だからこそ、その腕は信頼できるのだが。
「フム……その顔。どうやら企みの物は完成したらしいな?」
「っ!」
滞在している部屋に戻ろうと、テミスが城壁に穿たれている扉へと歩いていると、不意に横合いから声がかかった。
「……ギルティア……殿」
顔を向けるとそこには、夕暮れの町並みに背を向けて佇む魔王の姿があった。
「なに。お前が伏せるのだ。そこには確かに理由があるのだろう。故に問わずにはおくとも……興味はあるがな」
不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、ギルティアはマントを風にそよがせながら頬を吊り上げて言葉を続けた。
「それで……戦えそうなのか?」
「ああ。それなりには」
テミスはギルティアの問いに微笑みながら首肯する。その質問は奇しくも、数日前にこの場所で問いかけられたものと同じだった。
「そうか。では期待するとしよう。勇猛で名高い第十三独立遊撃軍団長殿が、あの戦場でどのような戦果を挙げるのかをな」
「フッ……依頼分の働きはするさ」
ギルティアから視線を逸らしたテミスは、ため息にも似た笑みを漏らしながらそう告げると、そのまま扉の中へと消えていったのだった。




