780話 半端者の意地
一方その頃。
レオンを追って駆け出したヒロとトーヤは、フリーディアとクラウスの繰り広げる人の域を越えた戦いを、笑みを浮かべながら遠巻きに眺めていた。
「うっへぇ……おっかねぇ……」
「……チッ」
口笛と共に、まるで茶化すかのような口調で言葉を漏らすヒロの隣で、は、片手に剣を携えたトーヤが、苛立ちを露わに舌打ちをする。
「オイオイ。苛立つのは判るけど止せって! 逆にラッキーだろうが! あんな化け物を相手にしなくて良いんだからよ!」
「ハッ……。能天気な馬鹿はこれだから……。連中がまとめて敵に回ったらどうすンだ」
「あ?」
「何でもねぇよ……」
朗らかに声をかけるヒロに、トーヤはボソリと悪態を返すと、ボリボリと後頭部を掻き毟って胸の内に湧き上がる苛立ちを紛らわせた。
……この世界にはあとどれだけ、あんな化け物みたいな戦力を持つ奴が居る?
ゆっくりと歩を進めながら、トーヤはその後ろで何やらがなり立てているヒロも無視して思考を続けた。
力を持ってこの世界に降り立った俺達にとって、弱肉強食の世の理は最高のシチュエーションだ。
どんなに大口を叩く奴でも、コソコソと卑怯な真似を企む連中でも、実力があれば真正面からねじ伏せて黙らせる事ができるし、自分が振るう力に比例して、望む物を手に入れる事だってできた。
だが……。
「ハァッ!!!」
「フン……」
「グッ……!!」
突如。
気迫の籠った吐息と共に斬りかかってきたレオンの剣を、トーヤは軽々と受け止めてはじき返した。
面倒臭い。何故どいつもこいつも、身の程を越えた物を欲するんだ?
コイツだってそうだ。こうして斬りかかってくる表情を見れば、この男が本調子でない事なんてすぐに分かる。
おおかた、これまでの戦いとさっき繰り出した大技で消耗しているのだろう。
なら、一度逃げてしまえばいいものを。
「っ……!! フリーズ――」
「――ッ! うぜぇッ!!」
「チィッ……!!」
斬撃を弾かれて尚、レオンはその切先をトーヤへと向けて追撃を狙うが、それを阻止すべく投げ放たれたトーヤのナイフが追撃を阻む。
その瞬間。レオンは再び大きく後ろへと跳び下がると、トーヤとヒロを睨みながら弧を描いて走りはじめた。
「っ……」
ぎしり。と。
そんな明らかな時間稼ぎにトーヤは歯を食いしばり、新たに湧き出ようとする苛立ちを噛み殺す。
この低俗な世界で最も重要なのは、結局の所は戦う力だ。財力を持とうが戦う力が無ければ奪われ、権力を持った所で自衛できる戦力を持てなければ死を早めるだけ。
暴力を否定し、法律と秩序が支配するクセに、下らない卑劣な連中がそれを利用して好き放題しているような息苦しい世界で暮らしてきた俺達からすれば、この世界は確かに低俗で未成熟ながらも多少はマシなのだろう。
だがそれも、自分が強者の側で居る間だけ。
自分よりも強い連中に出くわしたが最後、肉の側に落ちた弱者に選べるのは、全てを奪われて死ぬか、媚び諂って吸い上げられるかの二択だけだ。
「クソッ……」
なのに、あんなヤベェ奴等の戦いに関わっちまった。
幸か不幸か、俺達はそんじょそこらの連中よりは戦える。前の世界での下らない倫理観をズルズルと引き摺っている馬鹿でもない。
でも、それだけだ。だから世界一強くなりたいなんてガキみたいな夢も無いし、ましてやあの女神とかいう女が言うようなユウシャサマになる気も無かった。
ただ、好き勝手に邪魔されず、自由気ままに楽しく生きていく。
その為には、自分よりも強い奴と関わるべきではない。
いっその事……逃げちまうか?
「…………」
「あん? 何だよ?」
「ハァ……」
「おっま……!! ヒトの顔見てため息吐くだけで目ェ逸らすとか喧嘩売ってんだろッ!!」
「売ってねぇよ。馬鹿には何言っても無駄だって諦めただけだ」
頭の隅を過った選択肢に、トーヤはチラリと傍らの友へと視線を向け、ため息と共にすぐにその案を却下する。
腐れ縁の付き合いだが、これだけは断言できる。
この、驚異的なまでに負けず嫌いの大馬鹿を説得するのは、あそこで戦っている二人の化物相手に生き延びるよりも困難だと。
「オイッ!! さっきから考え込んでねぇで何とか言いやがれッ!! 作戦を考えるのはお前の役目だろうがッ!!」
「……。そうだな……」
遠巻きとはいえ、剣を構えたレオンが相対しているにも関わらず、ヒロは目尻を吊り上げてトーヤへと喚き立てる。
確かにコイツは救いようのない馬鹿だが、その嫉妬も苛立ちも、こうしてその場で全てぶつけてくるからタチが悪い。
「なら……ヤるしかねぇ……。とりあえずさっさとあのレオンとかいう奴を始末するぞ」
まるで怒鳴り付けるように放たれたヒロの言葉に、トーヤはニンマリと口角を吊り上げて答えたのだった。




