778話 秘めたる狂気
「っ~~~!!!」
ゾクリ。と。
無邪気なしぐさと共に放たれたフリーディアの答えに、クラウスは自らの背筋を言い知れぬ悪寒が走り抜けていく。
しかし、密かに視線を走らせるも、同じ言葉を聞いたはずの者たちはただ、感心したかのように呆けた表情でフリーディアを見つめていた。
……真に意味を理解しているのは私だけ……か。
その様子を見て、クラウスは少しだけ冷静さを取り戻すと、咳払いを一つ零してから、努めて静かに立ち上がる。
「信じる……とは、己の力量や経験……技量の事ですかな?」
「いいえ? 私が信じたのは他でもない……クラウス。貴方の事よ」
「……。フゥ……」
その答えに淀みは無かった。
同時にクラウスは確信する。その淀みの無い答え……そこに潜む狂気こそが、自らが悪寒を感じた根源なのだと。
ここが平穏な町の中ならば、何の問題も無い。
否。例え平和でなくとも、町の中でなくともさしたる問題では無かった。
ただここが、互いの命を懸けた真剣勝負。その戦場でさえなければ。
「私を信じるとは……正気ですかな? 如何に知己の間柄とはいえ我々は敵同士です」
「えぇ。たとえ私の敵なのだとしても、貴方は貴方でしょう? クラウス」
「……いくら相手がフリーディア様とはいえ、この私が真剣勝負の場に私情を……情けを持ち込むとでも?」
「まさか……真剣勝負の場で手を抜く事こそ、武人にとって最も恥ずべきことである。貴方の教えよ? クラウス」
空に眩く輝く光の元。二人は対峙したまま、何処か嚙み合わない会話を交わす。
しかし、片や静かに、片やにこやかに言葉を交わす両者の纏う雰囲気は異質なもので。
つい先ほどまでは圧倒的な存在感を以ってフリーディアの前に立っていたクラウスが、今や隠す事無く警戒の色を見せていた。
「あぁ……。ごめんなさいクラウス。私の言葉足らずだったかもしれないわね」
緊迫が続く空気の中、フリーディアはフワリと柔らかな笑みを浮かべると、キラキラと眩く輝く髪を宙に舞わせて言葉を続ける。
「私が信じたのは、そう云った事を含めた貴方の全てよ」
「すべ……て……?」
「えぇ。クラウスの教えてくれた剣技を。クラウスが信じてくれた心を。クラウスが託してくれた思いを。……私が知る限りの貴方を信じたからこそ……私は、今もこうして立っている事ができる」
フリーディアがそう言葉を紡ぎ終えて漸く、クラウス以外の者たちもその異質さに気が付いたのか、静かだった戦場にざわざわとざわめきが広がっていった。
だが、異質な雰囲気を纏った事で、妖艶とも呼べる笑みを浮かべるフリーディアを前に、クラウスは一人厳しい表情を浮かべたまま黙していた。
「なるほど……そういう事でしたか」
そして短い沈黙の後。クラウスはどこか冷めたような口調で言葉を紡ぐと、カチャリと音を立てて剣を構えた。
反応すら間に合わぬほどの一撃をも受け止めたフリーディアの剣。無駄な動きを削ぎ落し、雑念を削ぎ落し、心すらも削ぎ落とした必殺の一撃を受け止めたそれに、クラウスが覚えた燃えるような胸の高まりは、刹那の間に消え失せていた。
蓋を開けてみればどうという事は無いただの偶然だ。
フリーディアが私の剣を深く知っていたからこそ起こり得た奇跡のような偶然。
ならば……その裏をかく。
「これで……終わりですッッ!!!」
「……」
刹那。
クラウスは再び全力でフリーディアの元へと踏み込むと、上段に構えた剣で彼女の脚を狙って振り下ろした。
そこにあるのは、彼女の身を護る純白の脚甲。強固な守りで覆われたその箇所は、たとえ斬撃が通ったとしても大した手傷を与えられない為、普通であれば狙う事は無い。
加えて戦いにおいて、誇りと命を懸けて戦う相手を嬲る事を良しとしない騎士道の観点からも、狙うには悪手でしかない場所だった。
だが、自らの影をも置き去りにするほどの迅さを持つクラウスにとっては、その程度の事は悪手足り得ない。
今、放たんとしている技の名は、無影・三段斬り。
初撃で脚を断ち、次の太刀で胴を薙ぎ、最後に首を断つ……それを、打ち込まれた痛みすら感じぬ程の刹那の間に叩き込む絶技だ。
この一撃は、まさに盲点ともいうべき攻撃だ。フリーディアがクラウスの教えを、心を元に守りを固めれば固める程、フリーディアがクラウスの剣を止める事は不可能になる。
だというのに。
「っ……!!!」
ギャリガギジャリンッ!! と。
同時に奏でられた三つの金属音が、クラウスが放った必殺であるはずの絶技が防がれたことを物語っていた。
「なん……」
「フフ……。そう……クラウス。貴方ならば、そうすると信じていたわ?」
剣を合わせたまま、今度こそ明確に驚愕の色を浮かべるクラウスに、フリーディアは花が咲いたかのように優し気な笑みを浮かべてそう告げたのだった。




