774話 それぞれの戦場
「ハハハハッ!! カッケーッ!! ここは俺に任せろッ! ってか?」
「チッ……そのスかした態度……少しばかり腕が立つようだけが、気に入らないな」
「…………」
レオンがクラウスに相対していた身体を向けると、ヒロは獰猛な笑みを浮かべながら、トーヤは舌打ちと共にそれを出迎えた。
しかし、挑発と皮肉がふんだんに込められたその言葉にレオンが表情を変える事は無く、口を閉ざしたまま静かな瞳を返すだけたった。
「え……? いやいやいや。スかした態度って……お前が言う?」
「あ……? 何か間違っているか? それとも馬鹿だから皮肉もわからないのか?」
「んだとッ!!? テメェこんな時まで喧嘩吹っ掛けてきやがってッ!!」
「ハァ……」
その直後。レオンが眼前に居るというにもかかわらず、二人が口論を始めるとレオンは心底呆れたようにため息を吐いた。
現状を鑑みるならば、戦力はこちらが圧倒的に不利だ。
時間をかければミコトが休息できて回復するとはいえ、あのクラウスの相手をフリーディア一人に任せる以上、一刻も早くこの二人を片付ける必要がある。
だが、どんな手段を使ったのかは知らないが、この二人はミコトとレオンの全弾発射をやり過ごした以上、かなりの実力者だろう。
それでも……。
「……コントに付き合う趣味は無い」
「っ……!!」
「っ――!」
カチャリ。と。
レオンが音を立ててガンブレードを構えると、互いに胸倉を掴み合うまでの喧嘩に発展していた二人が即座に反応し、ぎゃいぎゃいと喚き声の響いていた戦場に静寂が訪れる。
しかし、喧嘩の手は止めたものの、二人の表情には余裕の笑みが浮かんでいた。
「へっ……いいのかよ? 始めても」
「クク……アタマが切れそうなのは見た目だけか? 馬鹿の戯れ言に付き合いながら、そこの奴が回復するのを待っててやってンのがわからねぇらしい」
そしてその余裕を誇示するように、ヒロは好戦的な笑みを浮かべながら口を開き、嘲笑を浮かべながら言葉を引き継いだトーヤが、レオンの後ろで膝を付くミコトを顎で示して挑発を重ねる。
「別に……待ってくれと頼んだ覚えはない」
「っ……!! カカッ!! ギャハハハハハハハハッッ!!! 言いやがったッ!! 見たかよトーヤ。真顔だぜ真顔ッ!」
「ンククッ……!! コントは趣味じゃないんじゃないのかよ……。ブフッ……ククククッ! それとも天然でそれなのかッ……?」
「…………」
そんな二人に対し、レオンは変わらぬ態度で冷たい言葉を返すが、対する二人は突然腹を抱えて笑い出し、その目尻に涙すら浮べて爆笑を始めた。
「ハァ……」
「レオン……」
「……」
とても命を賭した戦場に立っているとは思えない彼等の態度に呆れかえったレオンが、再び深いため息を吐くと、その背に小さなミコトの声がかけられる。
長い付き合いだ。ミコトが今、何を考えているかなどレオンは手に取るように理解している。
だからこそ。
「問題無い。回復したら援護を頼む」
「……うんッ!!」
レオンは肩越しにミコトをふり返って小さく微笑むと、いつもと変わらぬ短いながらも力強い言葉で声をかけた。
「ケッ……舐めやがって……。お前……すぐに後悔するぜ?」
「馬ァ鹿……後悔する時間なんてあるかよ」
すると、自分達の存在を黙殺された事が気に障ったのか、何処からともなく長い棒を取り出したヒロが獰猛に笑い、腰に提げていた剣をスラリと抜き放ったトーヤがニンマリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「……場所を移すぞ」
「ケッ!! 何処でやろうが変わんねぇよッ!!」
「あそこまで大口叩いて早速逃げるのか!!」
一気に弛緩していた空気が緊迫したものへと切り替わった刹那だった。
ボソリと呟くように告げたレオンが唐突に駆け出すと、一瞬遅れて、ヒロとトーヤが口汚く罵りながらその後を追いかけていった。
そして、残された戦場には祭りの後のような、どこか寂しい静けさが残る。
その静寂の中、真っ直ぐとクラウスを見つめるフリーディアの視線の先で、音も無く目を開いたクラウスが、ゆっくりと口を開いた。
「善き仲間と巡り合われたのですな……」
「えぇ……。私も少し……びっくりしているわ」
「ホホ……仲間とは、そんなものです」
静かに紡がれた言葉に対して、フリーディアはうっすらと微笑みを浮かべると、背筋を伸ばしてゆっくりとした歩調でクラウスの前へと歩み始める。
「そうかしら? 彼は良く解らないし、もう一人の戦友とも喧嘩ばっかりなんだけど?」
「時にぶつかり合いながらも共に力を合わせる……。唯一、私が教えて差し上げられなかった事です……。私が教えずとも、ご自分で見付けられたようで……心より安心いたしました」
「クラウスもそうだったの?」
「えぇ……」
その最中も、柔らかに紡がれる言葉が途絶える事は無く、やがて二人の距離が互いの間合い程に近付くと、フリーディアは何かを感じ取ったかのようにピクリと肩を跳ねさせて足を止めた。
そして、二人がまるで示し合わせたかのように剣を構えた後。
「それでは……我々も始めると致しましょう」
静かに紡がれたはずのクラウスの言葉が、静かな戦場に響き渡ったのだった。




