773話 獅子と姫騎士
「…………」
「っ……!」
「…………」
突如として訪れた静寂に、レオンとミコトは期せずして相対したクラウスと睨み合う。
本来ならばここで、追撃を仕掛けるべきなのだろう。
だが、レオンもミコトも、まるで足が地面に縫い留められてしまったかのように、その場で立ち竦んでいた。
「クッ……」
ゴクリ。と。
静寂と沈黙が場を支配する中、弾倉が空になった剣の柄を握り締め、レオンは密かに生唾を呑み込む。
今の一撃は、間違い無くテミスの放つ月光斬に匹敵する威力があったはずだ。
だというのに。あの老人はその斬撃をも真正面から易々と切り裂き、傷の一つどころか、息の一つすら乱さずに、静かにこちらを見据えている。
つまりそれは、少なくともあのテミスと同格か……もしくはそれ以上の力量を備えているという事で。
「うぅっ……」
――化け物。
そんな言葉がレオンの脳裏を過った瞬間。
レオンは己の傍らで、顔色を蒼白へ変えたミコトが、唇を噛み締めてクラウスを見つめているのに気が付いた。
「っ……!!!」
刹那。
レオンは頬を殴り飛ばされたかのような衝撃を感じて我に返ると、流れるようにガンブレードの弾倉を振り出し、空になった弾を排出して再装填をする。
そうだ。ここで俺が倒れる訳にはいかない。
気を持ち直したレオンはゆっくりと剣を持ち上げて構え、無理矢理混乱から引き戻した頭で現状を鑑みる。
あのクラウスとかいう老人に防がれはしたものの、その前方を固めていた敵は片付いている。ならば、残るはクラウスとその後ろに控える一部隊。
対してこちらで戦えるのはフリーディアを除けば自分のみ。先程の一撃で魔力を消費しすぎたミコトが戦線に復帰するには、ある程度の時間が必要だろう。
「…………。やるしか無い……か……。ミコト」
「……?」
「魔力回復薬だ。それを飲んだら、少しの間さがっていろ」
口元に小さな笑みを浮かべてボソリと呟いた後、レオンは懐から取り出した小瓶をミコトへと押し付け、ゆっくりと一人、覚悟を決めてクラウス達の前へと歩を進めていく。
ここ数日、フリーディアの取り仕切りを見ていたが、どう見てもその性格がテミスと合うとは思えない。
ならば、自分達と同じクチ。奴と戦い、負けたか……それとも、互角に渡り合った者なのだろう。
だがその程度の実力で、あの化け物と渡り合えるとは到底思えない。
「レオン。気持ちは嬉しいのだけれど……」
「仲間が負けると解っていて送り出す程クズじゃない」
それまで、レオン達の後ろを歩いていたフリーディアが、短く言葉を紡ぎながら、足早にレオンの隣を抜けようとした瞬間。
レオンは剣を持たぬ手で自らの横を通り抜けようとするフリーディアの腕を掴んで止め、ぶっきらぼうな口調で言い放った。
「貴方ッ……!! どうして戦う前にそんな言い方を――」
「――手を貸してやる」
「え……?」
ともすれば、冷たく聞こえたであろうレオンの言葉に、眉を吊り上げたフリーディアが声を荒げる。
しかし、その言葉をも遮って。
半ば強引にフリーディアの隣へと並び立ったレオンが、不敵な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「例え今だけだとしても……俺達は仲間だ。だからお前にここで倒れられては困る」
「っ……!! ふふっ……ふふふっ……!!」
「……何だ?」
「いいえ。あなたの事、テミスの知り合いだからって思って誤解してたわ。ありがとう」
その言葉に、フリーディアは柔らかに微笑みながら剣を抜き放つと、レオンの隣へと踵を返し、背筋を伸ばして並び立つ。
煌びやかな金の髪に純白の甲冑。その隣に並び立つ、長身痩躯に軍装で身を包んだ黒髪の男。二人の姿はまるで、物語や伝承で伝わるような神々しい光景で。
勇ましさと美しさを兼ね備えた二人の雄姿は、その場で見る者全ての視線を釘付けにしていた。
しかし。
「ケッ……気に食わねェな……」
「チッ……馬鹿が。声に出しやがった」
レオンとミコトが薙ぎ払った兵士たちの中から、憎しみと苛立ちを乗せた呟きが静寂を打ち破る。
「……ほらみろ気付かれた。ハァ~……ヒロ、馬鹿なお前は奇襲って言葉を知らねぇのか?」
「うるせぇな知ってるよそんくらいッ!! だいたいなんでテメェはさっさと諦めて立ち上がってんだッ!!」
「無駄だからだよ。わかったらお前もさっさと立ち上がって構えろ」
「んだよ……相変わらず、やる気があるんだか無いんだかわかんねぇ奴だなッ……とお前」
「馬鹿なお前には一生解らねぇよ。でも今は……あの連中がムカつくってのはお前と同じだ」
同時に、突如として地面に倒れ伏して居た兵達の中から二人の少年がムクリと立ち上がると、乱暴に言葉を交わしながらレオン達に向けて武器を構えた。
「……作戦変更だ」
「わかったわ。そちらは任せます」
そんな二人の少年に対し、レオンが短い言葉でフリーディアへ告げると、返答を待たずに体の向きを変えて少年たちと向かい合う。
その背に、コクリと小さく頷いた後。フリーディアは黙したまま動かないクラウスに視線を向けたのだった。




