71話 テミスの天啓
「おい、お前っ!」
「ヘイ……? まだ店は……って、テミス様っ!?」
テミスがゴブリンに駆け寄っていって声をかけると、鍛冶屋は眠そうな目で応対した直後に飛び上がった。それもその筈だろう。多分に漏れず、鍛冶屋という職業も朝が早い。普段であれば陽が昇ったばかりのこの時間など、軍団長はおろか、ほとんどの連中はまだ夢の中だろう。
「こんな時間にどうされたんですかい……っていうかそのカッコは……」
ゴブリンの目が、ついっと下がってテミスの服へと注がれる。何故なら、テミスが着ていたのはいつもの軍装では無く、この世界に来た時に身に着けていたボロだったからである。
「ああ。少しばかり体を動かしていたものでな。ところで、武器でなくとも金属加工はできるか?」
「はっ……? えぇ、まあ……できない事は無いですが?」
ゴブリンはあからさまに顔をしかめると、再びテミスの顔へと視線を戻した。確かに、鍛冶屋としては訳の分からない物を作らされるのは不本意なのだろうが、こればかりは従ってもらう必要がある。
「私の事は知っているな? 弱くなった事だ」
ゴブリンの怪訝な視線を真正面から受け止めながら、テミスは単刀直入に斬り込んだ。ギルティアの配慮によって、私の力の事は軍団長までに留めるように一応の緘口令は敷かれていたが、もう既に城中に噂が広がっていた。
「そりゃ……耳にしましたが……」
「それを補うための装備を作りたい。だが、面倒な事に製法を伏せねばならなくてな……組み立ては自分でやるから、その部品の製作を依頼したいのだ」
「ほぅ……秘匿武装という訳ですか……」
テミスが説明した途端、ゴブリンの目がきらりと光る。やはりこの男も鍛冶屋の端くれなのか、そう言った事柄には興味があるらしい。
「えぇ、えぇ。もちろん追及はしませんとも。鍛冶屋の誇りに懸けて、例えギルティア様が相手であろうと、その秘密は墓の下までもって行きましょうとも。ささっ。中へ」
そう言うとゴブリンは、武器屋の扉を開けてテミスを招き入れる。何やら微妙に勘違いしているようだが、これを製品として量産されても困るのだが……。
「あ~……その。だな……製法を伏せるだけでなく、同じ物を作るのも控えて貰いたいんだが……」
「もちろん、わかっています。コルドニコフ。武具装備の事に関しちゃちょっとしたもんでさぁ!」
「解った。その誇りを信じよう」
そう言って胸を張ったコルドニコフにテミスは一つ頷くと、まだ明かりも灯されていない店内の椅子に腰を掛けた。
「それで……アッシは何を作りゃ良いんですかい?」
「そうだな……大体の部品の形は後で指示をするとして……原料は耐久性と耐熱性に優れた金属……更に軽ければいう事は無いな。次にその部品の大きさにあったバネとネジ……後は火薬も要るか……」
テミスが半ば独り言のようにブツブツと呟くと、コルドニコフは手元にあった紙を引き寄せて、乱雑にメモを取っていく。
「問題は雷管か……最悪、打ち金さえあれば……」
「テ……テミス様ッ……」
「だがしかし、多対一で扱うのならやはり……ん? なんだ?」
ブツブツと呟き続けるテミスに、コルドニコフがメモを取る手を止めて話しかける。その声は微かに震えており、同時にその目は、化け物でも見るかのような眼差しでこちらを眺めていた。
「どうした、そんな魔獣でも見たような顔をして。私の顔に何かついているか?」
「い……いえ。そういう訳ではないんですが……」
テミスがペタペタと顔を触って確認すると、コルドニコフはもごもごと口ごもりながら視線を逸らす。そして、数秒間そうしていたかと思うと、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「もしかしてテミス様……これは銃ではねぇですか?」
「なにっ!? この世か――……ンゴホンッ! こちらにも銃があるのか?」
危うく、こちらの世界などと漏らしそうになりながらテミスは裏返った声で答えた。まさか、こちらの世界にも銃が存在すると言うのか? 今までそんな物はお目にかかれなかったから大して流通はしていないのだろうが……。
「いえ……実物はアッシも見た事はねぇです。ですが、古代エルトニアの文献にそんな武器があったとか聞いたことがあります」
「古代……ね」
テミスは薄く嘆息しながら思考を切り替えた。要するに、魔法文明の発達したこの世界では、銃のような遠隔武器は必要ないのだろう。持ち運びが必要で、取り出して構える必要のある銃なんかより、詠唱だけで撃つ事のできる魔法の方が取り回しやすいのは自明の理だろう。
「確かに……テミス様が慎重になるのもわかりやす。一説によればこの文明は銃の登場と共に荒れ、滅びたとの事ですし……」
「……なるほど」
テミスは今度こそ深いため息を吐くと、目の前の机に体を預けた。あの世界がその途上にあるのかはわからないが、ここの世界では文字通り、銃自体が引き金になったという訳だ。
「だが、今の私にはこれが必要なんだ……」
「……ええ。アッシもそれは理解しているつもりでさぁ」
テミスとコルドニコフは一つ頷き合うと、暗い部屋の中で額を突き合わせて議論を始めたのだった。
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