763話 緋色の鼓動
一方その頃。
ブライト率いる部隊が駐留するイゼルの町には怒号が飛び交っていた。
怒号が飛び交っているのは、様々な色のローブやマントを羽織った一団の中。しかし魔術師然とした格好の一団は疲労困憊といった様子で、息も絶え絶えに地面に膝を付いている。
その中心には、怒りで顔を真っ赤に染めたブライトと、それを薄い笑みを浮かべて真正面から受け止めるカレンの姿があった。
「何故攻撃の手を止めるッ!! 作戦と違うではないかッ!!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえる! 状況なんて幾らでも変わるものよ。これだけの頭数……火力を揃えれば、あの門くらいは吹き飛ばせると思ったのだけれど……」
「貴様ッ!! 我等が精鋭の部隊を馬鹿にするかッ……!?」
「してないわよ! ただ敵の守りが想像以上に固かっただけ」
「だったら――」
「――あ~もう五月蠅いッッ!!! 何もわからないのなら黙っていろッ!!」
時折声を荒げながらも、ブライトよりは遥かに冷静に言葉を返していたカレンであったが、遂に目を剥いてブライトを睨み付けると、ひと際大きく、そして高く響く声で怒鳴り付けた。
その傍らでは、ただ黙したまま二人の様子を眺めるクラウスが、まるで質量を有する陽炎のように佇んでいる。
「何だと!? 今度はこの私をも愚弄すると言うのか!!」
「チッ……これ以上ピーピー喚くのならねッ!! アンタ達も! シャキッとする! さっさと着剣して本隊に合流ッ!!」
「なッ……!!」
「嘘だろ……」
「それこそ聞いてねぇよ……」
それでも尚気炎を上げるブライトにカレンは言葉を叩きつけた後、自分達の周囲で力尽きている兵たちを叱咤した。
しかし、カレンの叱咤に対して返ってきたのは困惑と不満の入り混じったうめき声だけで、誰一人として立ち上がり、動き出そうとする者は居なかった。
「ッ……!! この程度でヘバってて精鋭……? 信じられないわ……」
そんな彼等の態度から、ただ反骨や怠惰な感情で動かないのではなく、本気で疲弊しきっている事を察したカレンの口から、驚愕の呟きが漏れ出る。
いったい彼等は、戦争を何だと思っているのだろう。
驚きに見開いた目で改めて兵士たちを観察しながら、カレンは胸の中でひとりごちった。
そもそも、こんな戦場でもない最後方からの攻撃など、戦いにおいては序の序の口。機先を制する程度の意味しかない。
長距離爆撃と共に先遣強襲部隊が奇襲を仕掛けた後、本隊と共に前線へと赴き、支援攻撃の役を担うのが定石だ。
だというのに彼等は、まるで自分達の仕事はこの攻撃だけだと言わんばかりに全力を注ぎこみ、その結果が目の前に広がるこの惨状だった。
だが腐っても冒険者将校。それでも比類なき戦力であることには変わりなかったが、その実力はカレンの想定を遥かに下回っていた。
「っ~~!!! 貴様等も貴様等だッ!! 貴様等の操る魔法は無双の威力を誇るのではなかったのかッ!!? 今まで我々ロンヴァルディアがッ!! 何の為に貴様等に贅を与えたと思っているのだッ!!」
「クソが……うるせぇよ……」
カレンが思案に耽りはじめ、その燃やした怒りの矛先を失ったブライトが、今度は周囲の兵たちに向けて怒声を上げる。
すると次第に、苦し気な声とうめき声に混じって、ブライトの罵声に反する声があがりはじめた。
「バカスカバカスカ撃たせやがって……魔法だってそうホイホイ簡単に撃てるモンじゃねぇんだよ……」
「急に呼び付けたと思ったらコレか……。俺帰ろっかな……」
「自分は何もしてないクセに……」
一度零れ出した不満が呼び水となり、それは新たな不満の声を溢れさせて伝播していく。
同時に、死に体であったはずの兵たちは、ブライトに蔑みと怒りの目を向けながら、ヨロヨロと立ち上がり始める。
「っ……!」
それはともすれば、ブライトの身をも危険に晒しかねない。
そう判断したクラウスが、ピクリとその手を跳ねさせた時だった。
「ゴチャゴチャ喧しいのよ!! アンタ等もッ!!」
ゴゥッ……!! と。
怒声と共に、突如としてカレンを中心に膨れ上がった熱気が周囲の者たちの肌をチリチリと焦がす。
しかし、一瞬だけ通り過ぎた熱波はすぐに霧散し、涼やかな夜の風が吹き込んできた。
だが、ブライトを除くこの場に居た者たちにとっては、それがカレンによる警告であることを理解しており、場の空気が一瞬にして張り詰めたものへと変化する。
「二度は言わないわ。好き勝手動く元気があるなら、さっさと指示に従え。そしてブライト……アンタは攻撃を続ける意味が分かってるのかしら?」
「なんだと……? そんなもの――」
「――これから私達本隊は、連中に攻撃を仕掛けに行くんだッ!! アンタはこっちの主戦力ごと吹き飛ばすつもりなのかッッ!?」
「むっ……グッ……ならば……」
「これ以上時間をかければ、先遣強襲部隊の撹乱が無駄になるし連中が孤立する! 解ったら全員さっさと動けッ!!」
ブライトが反論の言葉を失い、怒りと苛立ちに満ちた表情のカレンが吠えた途端。
周囲の兵たちは疲弊した体を引き摺りながらも、まるで蜘蛛の子を散らすように駆け出していき、ブライトもまたゆっくりと進み出たクラウスに無言で促され、カレンに睨み付けられながら町の外へ向けて歩き出したのだった。




