756話 猛禽の眼差し
「あ~あ~あ~あ~っ!! ったっくよぉ……。ここまで来て待機とか勘弁してほしいぜ全く」
一方その頃。
迎撃態勢を整えたフリーディア達が見据える先……イゼルの町では、ブライトによって招聘された兵達が、口々に不満を垂れ流しながら街を闊歩していた。
そんな中を、二人の少年が肩で風を切りつつ、ひと際大きな声で言葉を交わす。
声を大にして文句を叫ぶ少年はツンツンと逆立った髪に大きなバンダナを巻いており、片やその隣で眉を顰める少年は、その長めな闇色の髪で片目を隠すようにまとめ、その気怠げな風体も相まってか、酷く目つきが悪かった。
「そうぼやくなヒロ。俺達のような近接戦闘組はまだマシな方さ。遠距離攻撃持ちの連中は今も、指揮官に呼び出されて説明の真っ最中だ」
「そっちのがまだマシだっての。見ろよコレ。酒もねぇ遊び場もねぇ……果てにはマトモな女の一人も居やしねぇ!!」
「最前線だ。そんなモノだろう」
「ハッ!! お前は良いよなトーヤ! 鬼畜な幼女趣味のお前的には、目の前にブラ下がっているお楽しみだけで十分だろうよ!」
「誤解だ。俺が敵兵や敵国の者しか手にかけないのは、同じ国の人間で欲望を満たすような犯罪者じゃないからだ。それに、俺は幼女趣味じゃなくて、ただ胸の大きな女が嫌いなだけだ」
「ハッ……良い性格してるぜ。要するに敵は人間じゃねぇって言ってるだけじゃねぇか。十分鬼畜だろ」
しかし、二人は軽口を叩き合いながらも共に肩を並べている辺り、傍目から見ても彼等の間に存在する友情が見て取れる。
だが、ただ顔を伏せ、道の隅で身を縮める本来のイゼルの住人たちにとっては、周囲にまき散らされる会話の内容は、身の毛もよだつほどに恐ろしい内容だった。
「フン……。そもそも、俺の趣味などお前には関係無いだろ? 関係あると言うなら、お前の熟女趣味もどうかと思うぞ?」
「なっ……じゅっ……!!! ふざけんな!! 俺はお姉さんが好きなんだよ!! わざわざ嫌味な言い方してんじゃねぇッ!!」
「ククッ……」
「あっ……!! っ~~~!! テメェッ!!!」
ヒロはトーヤが喉を鳴らして笑った瞬間。自らが彼の挑発乗せられてしまった事に気が付いて叫びをあげて拳を振り上げる。
けれどその頃には、一足早く駆け出したトーヤはヒロの拳の射程圏から逃れており、その事実が更にヒロの怒りに油を注いだのか、ヒロは顔を真っ赤に染めてトーヤの後を追って猛然と駆け出した。
「待ちやがれこの卑怯者ッ!!」
「ハハッ……誰が待つかよ間抜け。こっち来んな。自分の性癖を大声で宣伝するような奴と友達だなんて思われたら迷惑だ」
「テメェがそうさせたんだろうがッ!!」
「言いがかりだ。俺はお前に、自分の性癖を叫べなんて一言も言って無いし、俺にそんな趣味は無い」
「こんの……野郎っ……ッッ!!!!」
激怒するヒロを揶揄いながら逃げ回るトーヤと、それを猪突猛進に追いかけるヒロ。
二人の姿はまさにじゃれ合う子供そのもので。そんな彼等を、一部の者は生暖かく、一部の者は恐怖の混じった視線で眺めている。
そんな彼等がイゼルの町の外縁部に辿り着くのにそう大した時間はかからず、トーヤは人気も建物も疎らになった辺りで足を止め、それを見たヒロもまたトーヤから一定の距離を置いて立ち止まった。
「やっと観念しやがったかァッ!! トーヤァッ!!」
「違ぇよ馬鹿。……こっから先は魔王領へ続く街道だ」
「っ……!!」
それを聞いたヒロは瞬時に悋気を収めると、表情を平静なものへと変えてトーヤの横へと並び立つ。
そして、二人は肩を並べて視線を町の外へと向けると、その先にあるであろう敵の町、ファントの町を思い浮かべる。
「……にしてもよ。イイ世界に来たよな。俺達」
「さぁな……。前のお前がどんなだったかを俺は知らねぇからな」
「少なくとも、俺にとっては良い世界だぜ? 単位やテストに追われねぇで済むし、このチカラだけで好きなことして生きていける」
「ハッ……単位やテストって……ガキかよ……。でもまぁ……同感だ。頭の悪い連中に僻まれる事もねぇし、偉ぶるだけで実力もねぇ鬱陶しい奴を叩き切っても文句言われない」
「……楽しみだな!! 今夜ッ!!」
二人は互いの顔を見ぬまま、ヒロは大きく口角を吊り上げた獰猛な笑みを浮かべ、トーヤはニヤリと静かに唇を吊り上げて言葉を交える。
二人の視線の先にあるファントの町はまぎれもない獲物であり、彼等の頭の中では既に自分達が快刀乱麻に敵を蹴散らす姿が、ありありと浮かんでいた。
「そうだ。勝負しようぜトーヤ。どっちが多く敵を倒せるかよ」
「負けて泣いても知らねぇぞ? 勝った方が今回の収穫先取りだ」
「乗った。吠え面かかせてやるぜ。じゃ……戻るか」
「オゥ……」
コツン。と。
二人はどちらからともなく差し出した拳を軽く打ち合わせると、クルリと身を翻して踵を返し始める。
無論この二人が、この戦いがそんな勝負の事など頭の中から抜け落ちてしまうほどに苛烈なものになる事など、想像すらしていなかった。
そして、イゼルからファントへ向けて攻撃が放たれたのは、この日の夜の事だった。




