69話 もう一つの戦い
数日後。テミスの姿はラズールの本陣の中にあった。今やこの場所に芽生えていた共和の芽など跡形も無く、あるのはただひたすら続く地獄のような戦いだけだった。
「つまり、あの光の槍の持ち主を倒せれば魔力が元に戻る……と?」
「ああ。らしいな」
目の前に座ったマグヌスが、テミスの話を聞くと少し驚いた顔で口を開いた。
「ああ。どんな原理かは知らんがそういうモノらしい。ところで、ここ最近戦場で何か変わった事は無かったか?」
「変わった事……ですか?」
テミスが問いかけると、マグヌスは首を捻って頭を悩ませた。ケンシンの奴が奪われたなんて良い方をするものだから、てっきり敵の装備が良くなっていたり、冒険者将校級の敵将が増えたりでもしているかと思ったのだが……。
「特に思いつかないけれど……しいて言うならアレかしら?」
そう言いながら、ちょうど帰還したらしいサキュドが手元の槍を霧散させながら近付いてきた。
「アレ。とは?」
「人間よ。狂ったやつが一人向こうに居んのさ。馬鹿みたいに強い癖に、凄く楽しそうにケタケタ笑いながら戦うのよ。けど動きに隙が多くて……なんて言うか素人臭いから何とかなってるのよね」
「フム……」
テミスは息を漏らすと、顎に手を当てて思考を巡らせた。サキュドほどの猛者が強いと評する者がただの人間とは考え難い。かつ今サキュドがあげた特徴から推察できるのは一つくらいだろう。
「さては、まだ力の扱いに慣れていないな?」
「力の……扱いですか?」
「ああ。おおかた私から奪った魔力を持て余してるのだろう。そうであるならば今のサキュドの話も全て説明が付く」
テミスは、さも確信でもあるかのように自信に満ちた口調で二人に告げた。この二人に能力の事を話していない以上、魔力を奪われたという形で落ち着かせるのが妥当だろう。
「なるほど……それで、アイツを倒せば力は戻るのね?」
「ああ。恐らくな」
「そう。なら今すぐにでも――」
「ダメよ」
サキュドが唇を吊り上げて踵を返そうとした瞬間。天幕の向こうから聞き覚えのある女の声が響いてきた。
「今、十三軍団に配置を動かれると作戦が瓦解するわ。連中を退けるには第二軍団の殲滅魔法が必要……そう言う手筈だったと思うのだけれど?」
続く口上と共に、少し前にヴァルミンツヘイムの王城で角を突き合わせた魔女が、ニヤニヤとした笑みを浮かべて入ってきた。
「ええ。さっきまではね。でももう必要ないわ。テミス様が居ればそんなまどろっこしい物を使う必要はない」
「あら。盲信するのは結構だけれど、一度後れを取ったヒトに任せる訳にはいかないわね。なにせこの戦局を決定付ける重要な役目。信用と実績がなくちゃ」
「あまり面白い歌を囀らない事ね……魔王様からの信頼が厚いテミス様の、勇猛たる実績を知らないのは恥よ?」
いつの間にか槍を持ち出したサキュドが、真正面からドロシーと睨み合う。何故かマグヌスも立ち上がって剣の柄に手をかけてるし、煽るドロシーもドロシーだが真に受けるこいつ等も相当だな。
「止せ。二人とも」
「アラ。そちらのお嬢さんは身の程を弁えているようだけれど?」
ブチリ。と。私の言葉を逆手に取って、ドロシーが更に挑発をした瞬間。まるで本当に音が聞こえたかのような錯覚を以てサキュドのこめかみに青筋が浮かぶ。
「アンタねぇ――」
「止せと言ったのが聞えなかったかサキュド。時間の無駄だ」
剣呑な雰囲気を纏い、今にもその槍をドロシーに突き立てそうな勢いのサキュドの背に、面倒くさそうなテミスの声が投げつけられる。
「ドロシー殿も。忠義の厚いウチの部下を弄ぶのはご遠慮いただきたい。仮に我らがここで争えば、奴等はきっと大喜びして躍り上がるでしょうな?」
「っ……」
別段ドロシーも、サキュド達を煽って遊んでいた訳では無いだろう。彼女はただ純粋に私の事が気に食わず、同時に十三軍団も気に食わない。それ故の行動なのだろうが、私怨を持ち込むのは状況を見てやって欲しいものだ。
「お判りいただけたのなら何より。私の副官たちとて少しばかり名の通った武人です。いかな第二軍団と言えども無傷で倒すのは不可能でしょう。矢をつがえる時と相手は見極めねばなりません。我々も、友軍に背を射られるのはごめん被りたい」
テミスは若干の仕返しも兼ねて、わざと慇懃無礼な態度でドロシーに意味深な笑みを浮かべる。要は、時と場合を弁えれば喧嘩はいつでも買うぞ。という宣戦布告なのだが。
「それにサキュド、現在遂行中の作戦があるのならば、それで行くと良い。私は少しばかり用があるのでな。またすぐに戦場を離れる」
「用……ですか?」
「ああ。ここには取り急ぎ、結果だけを伝えに来ただけだ」
そう言ってテミスは立ち上がると、ドロシーが入ってきた側とは逆側の天幕へと歩を進める。別に、伝えるだけならば伝令に任せてもよかったのだが、内容が内容なので何処を誤魔化すかを調整するためにも、自分で出向くしか無かったのだ。
「あら? まぁ、無力な人間が戦場に居ても仕方ないですからねぇ?」
先ほどやり込められた事への仕返しのつもりか、天幕を捲った私の背中にドロシーの声が投げつけられた。魔族って奴はどうしてこうも我の強い馬鹿ばかりなのか。
「悪いが、その手の挑発は私には効かんよ。私は手柄も地位にも興味は無いのでね」
不敵な笑みと共にそう言い残すと、テミスは天幕の向こうへと消えていったのだった。
10/25 誤字修正しました
2020/11/23 誤字修正しました




