747話 次なる試練
「状況を説明しろ」
病院での大騒ぎの後、荒れ狂うブライトを必死で説き伏せ、護衛と共に事前に話を通しておいた宿屋へ送り届けたフリーディアを待っていたのは、傍らにミコトを連れたレオンだった。
その静かな瞳はフリーディアを見据え、全ての嘘を見透かすと雄弁に物語っていた。
「えぇ……勿論。でも先に、少し休ませて貰っても構わないかしら? こんな所でする話でも無いから」
「あぁ……」
「っ……。ありがとう。助かるわ」
絶対に、フリーディア達を逃す気など無かったのだろう。レオン達がフリーディア達の事を待ち受けていたのは、今やフリーディア達の滞在先でもある詰所の門前だった。
そんな気迫を纏って待ち受けていたのだ、フリーディアとしては、彼等がこの場で全てを話せと詰め寄るものだと覚悟していたのだが、そんな予測に反して、レオン達は小さく頷いてフリーディア達へと歩調を合わせる。
「……お久しぶりですな。ファルト殿とシャルロッテ殿はお元気ですかな?」
「元気だ」
「それは……良かった……。ファルト殿にあれ程偉そうに講釈を垂れたというのに、私はこのザマですからな……」
「っ……! 戦えないのか?」
「はい。ですが、こうして命を繋ぎ、テミス様にお仕えできるだけでも奇跡。口惜しくはありますが、後悔はありません」
「そうか……」
「フンッ……!」
黙ったまま歩く事に耐えかねたのだろう。
気遣わしげな口調で口を開いたマグヌスにレオンが短い言葉で返し、鉛のように重たい雰囲気が幾ばくとマシになる。
だがその傍らで、二人の話に耳を傾けているサキュドは、ただ一人腹立たし気に鼻を鳴らしていた。
「っ……!!」
その一方で。
フリーディアはテミスの執務室へ向けて一団の先頭を歩く傍らで、必死の思いで思考を巡らせていた。
先程は、レオンの機転によって救われたのは事実だ。けれど、今ファントで起こっている事実をありのまま全ては為す訳にはいかない。
だからこそ、フリーディアは疲弊の叫びをあげる自らの頭に活を入れ、何を語るべきであり、何を伏せるべきなのかを、執務室にたどり着くまでの短い時間で取捨選択していた。
そして。
「考えは纏まったか?」
「っ……!!」
執務室へと辿り着き、フリーディアがテミスの席へと腰を下ろすやいなや、薄い笑みを浮かべたレオンが口火を切る。
同時に、サキュドはドカリと大きな音を立てて自らの席へと腰を下ろし、マグヌスは既に機敏な動きで飲み物を用意していた。
「……まずは、先程の件。お礼を言わせて貰うわ。私たちの意図を汲んでくれてありがとう」
「ならば、全てを包み隠さず話して貰いたいものだがな」
「申し訳ないけれど、それはできません」
静かに告げるフリーディアに対し、レオンが皮肉気な笑みを浮かべて返す。だが、フリーディアは即座にそれを否定すると、真っ直ぐとレオンの瞳を見つめて生唾を呑み込んだ。
いくら協力関係にあるレオンといえども、テミスの現状を全て話してしまう訳にはいかない。
ならば、せめてもの誠意として、語れない事柄が存在する事だけでも伝えておくべきだろう。
「……単刀直入に聞く。テミスはどうした?」
「動ける状況では無いわ。大怪我を負ったのは知っているのでしょう?」
「…………」
まるで、細い綱の上を渡るかのように慎重に。フリーディアは言葉を選んでレオンの問いに答える。
嘘ではないが、真実でもない。大方の方針を定めたフリーディアは、そんな曖昧な答えをいくつも、自らの胸中で作り上げていく。
「面会の許可を貰いたい」
「申し訳ないけれど無理ね。会っても意味が無いと思うわ」
「生きては……居るんだな?」
「勿論よ」
「復帰の目処は?」
「……わからないわ。でも、必ずテミスは帰ってくる」
「…………。そうか……」
そんな問答を続けた後、レオンは大きく息を吐くと、腕組みをして黙り込む。
その隣では、まるでフリーディアの視線から逃れるように身を縮こまらせたミコトが、窓の外へと視線を泳がせていた。
「……ひとまずは把握した。テミスが抜けた戦力的な穴は、ある程度俺達が補おう」
「っ……!! それって……」
長い沈黙の後、静かに告げられたレオンの言葉に、フリーディアだけでなく、彼の傍らに居るミコトの表情までも明るくなる。
その反応に、レオンは少しだけ驚いたように目を見開くと、涼し気な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ファントに潰れられては俺達も困る。目下の敵はさっきの連中……ロンヴァルディア……だったか?」
「彼等も味方のはず……だったのだけれど……。少なくとも、彼等にテミスの不在は露見していると考えるべきでしょうね……」
「了解した。命令を待つ」
眉を顰めたフリーディアが喉を鳴らしてそう答えるのを聞くと、レオンは小さく頷いてから言葉を残し、ミコトと共に執務室を後にしたのだった。




