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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第15章

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738話 楔無き平穏

 この町は異常だ。

 テミスが倒れてから数日。テミスが担っていた役割の代行を始めたフリーディアは、本当の意味でファントの異常性を目の当たりにしていた。


「ねぇ……マグヌスさん。本当の本当にッ……!! たったのこれだけだというの?」

「はい。テミス様に誓って。嘘偽りなどありません」

「そんな……悪いけれど、流石に信じられないわ……」


 念を押し、幾度目かの質問に対し、毅然とした態度で答えるマグヌスに、フリーディアは頭を強く殴られたような感覚を覚えながら、うわ言のように言葉を返す。

 現在。フリーディアが自負する役割はテミスの代行だ。ならばこそ、テミスの観点でこの町の政治と治安を維持する義務がある。

 だからこそ。そんな重要な仕事を十全にこなす為に、ただでさえ多忙な予定をやりくりして、丸一日という時間を用意したというのに……。

 そんなフリーディアの手に手渡されたのは、たった数枚の書類だけだったのだ。


「っ……! 私は確かにロンヴァルディアの人間よ。確かに、この町の行く末を左右する手綱を預けるには、信が足りないのかもしれない。けれど! この素晴らしい町を護りたい、テミスの創りあげた奇跡の町を……理想郷を守りたいという気持ちは同じなのよッ!」

「ム……ンムゥッ……」


 胸に手を当て、必死の形相で自らの想いを説くフリーディアに、冷静沈着を自負するマグヌスも、流石に困惑の唸り声を上げた。

 マグヌスの胸中に、フリーディアを疑う余地など一切無かった。

 主であるテミスがファントの業務の一部を白翼騎士団に任せた時点で……或いはそれより少しだけ以前から、マグヌスは彼女たちもまたファントの一員だと……仲間であると認めている。


「お願いよマグヌスさんッ! 信じられないというのなら、あなた達が多く担っているテミスの仕事の手伝いからでも良いわ? テミスが倒れた今、私もできる限りファントの力になりたいのッ!!」

「いや……ですから……正真正銘ッ!! 本当に今、フリーディア殿にお渡しした分が、本来テミス様が担われていた仕事なのです!!」

「っ……。そう……よね……。今はファントに身を寄せてはいても、私はロンヴァルディアの人間だわ。ごめんなさい。いくら言葉を重ねたとしても、信じられる訳無いわよね」

「っ~~~!!! 違う……違うのですフリーディア殿……。時には剣を交える事があろうとも、今は肩を並べて戦う貴女方を信じない筈がありますまい……」


 遂に折れたフリーディアが、落胆を隠す事なく肩を落とすと、マグヌスは掌で顔を覆って弁明する。

 マグヌスとて、フリーディアの言い分は痛いほどに理解できる。だが同時に、その変革を後ろで見て来た者として、これがファントの正しい在り方なのだとも理解していた。


「だったらッッ! 本当の事を教えてッ!! 町を治める者の仕事がこんなもので済まない事くらい、私にだってわかるわよッ!!」


 フリーディアは叫びと共にマグヌスへ詰め寄ると、今にも泣き出しそうな程に潤んだ目でマグヌスの顔を見上げる。

 テミスが倒れてからすでに数日が経過しているのだ。それは、町を動かす者が消えたことを意味する。つまり今のファントは、供給を断たれた部隊に同じ。もう数日も持たない程に事態は逼迫している筈なのだ。


「……。フリーディア殿。どうか、落ち着いて聞いてください」

「っ……!?」

「テミス様がこの町を治めるようになってから、ファントの町は大きく変わりました」

「そんな事……言われなくてもわかってるわよ……」

「いいえ……恐らくですが、フリーディア殿が思われているよりももっと深く……。そうですな、ファントの町を大樹と例えるのなら、それは根の部分から全てを変えられたのです」


 押し問答ではらちが明かない。

 そう判断したマグヌスは短く息を吐くと、ゆっくりとした口調でこれまで自らが見てきた事をフリーディアへ語り聞かせた。

 それは、商工業の独立であったり、自警団や衛兵との連帯化であったり……。その中で何よりもフリーディアを驚かせたのは、統治者(テミス)の統括指揮を必要としない判断の構造だった。


「っ……!! 嘘よ……そんな……そんな事をすれば……」

「そうですな。民が自らの手で町を運営していけるのならば、民はいずれ統治者を必要としなくなる……。その先に待ち受けるのは反乱。誰もがわかる事です」

「だったら……ッ!!!」


 そこまで話を聞き、反論しようとして。フリーディアは自分には既に、返す言葉が無いことを自覚した。

 この町は狂っている。

 マグヌスの話が本当ならば、この町は既に、テミス抜きでも十全にやっていく事ができるだろう。

 事実。テミスが倒れてからもこの町の平穏は変わらないし、警備などの町の運営に支障は出ていない。

 ならば何故……ッッ!!


「この町の誰もが解っているのですよ。あの方を除いて、今この町を治める資格のある者など居ない……と」

「そんな事……あり得ないわ……。そんな事……例え町の窮地を救ったからといって、成し遂げる事ができるはずが無いッ……!!」

「えぇ……ですが、テミス様が私欲に溺れる事など無いのは自明の理。違いますかな? 我々にとっては、皮肉な話ですが……」

「っ……!!!!」


 皆まで説かれて漸く、フリーディアはそれを理解した。

 テミスは悪を許さない。私欲に溺れ、強者が弱者を虐げる事を決して許さず、常に悪しき強者を挫くべく戦い抜いてきた。

 そんな彼女の理念。全ての私欲を集めたのではないかとも思える程に、テミスが偏執的なまでに拘る彼女の正義(・・・・・)

 贅よりも罪を愛し、我欲よりも断罪を求めるその常軌を逸した性格はまさに、統治者としてこれ以上ない程に最適であると。


「フフ……。お判りいただけましたかな? この町は豊かだ。誰も、テミス様に斬られる危険を冒してまで、その豊かさを棄てようとはしますまい」

「っ……!!! それって……」


 刹那。

 柔らかく微笑んだマグヌスの言葉に、フリーディアの顔が青ざめた。

 今のテミスは戦う事はおろか、まともに喋る事すらできないというのに……。


「そういう事です。代行(・・)。そういう意味でも、フリーディア殿の『日課』はとても役立っております」

「…………。わかったわマグヌスさん。話してくれて……ありがとう」

「いえ……。テミス様が動けぬ間、共にファントを守る仲間ですから」


 ピシリ。と。

 突如として胸の中に張り詰めた緊張感に、フリーディアあまりの緊張で自らの頬を伝う汗を自覚しながら震え声で礼を言う。

 それにマグヌスは、ただ柔らかな笑みを浮かべながら静かにそう告げたのだった。

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