幕間 想いを賭けて
「っ……!!! ハッ……ハッ……ッ!!」
ファントの町の路地に、フリーディアの荒い息が響き渡る。
その後ろでは、最早悲鳴を上げる事さえできなくなったマリアンヌが、今にも泣きだしそうな顔で手を引かれていた。
だが、猛然と走り出したものの、フリーディアの脳裏では、無数の可能性が浮かび、そして急速に消えていっていた。
「っ……!! 何処……? 貴女は今、何処に居るの……ッ!?」
ただひたすらに、追跡対象である商人の馬車が向かったであろう方向へ向けて駆けながら、フリーディアは歯噛みした。
テミスは今、町へ侵入した不審な馬車を監視する為にその後を追跡している筈……。
けれど、この町で追跡をするにはテミスは目立ちすぎる。
長い銀髪に燃えるような灼眼。そして、彼女の振るう大剣の如き漆黒の制服。外套で身を隠しているとはいえ、彼女を良く知るこの町の住人が見れば、その人物がテミスである事などは一目瞭然だ。
「なら……彼等のすぐ後を追うのは避けるはず……。なら、大回り? いえ、それも無いわ……」
ブツブツと口の中で呟きながら、フリーディアは無数に思い浮かんだテミスの現在地の候補を次々に絞り込んでいく。
「私達が合流する事ができて……かつ標的に気取られない場所……クッ……ッ!!」
そして候補はすぐに煮詰まり、フリーディアは追跡するテミスの行き先の候補地を、三つにまで絞り込んでいた。
しかし、問題はその先。
いくらテミスと共に戦い、相対した経験のあるフリーディアといえど、テミスの思考を完全に読み切る事などできない。
故に、恐らくはこの候補のどれかで、あの正坦な顔を不機嫌に歪めながら、自分達の合流を待っているのだろう。
「っ……。どうする……? 私なら……いえ……テミスならッ……!!」
フリーディアはぎしりと歯を食いしばりながら、苦悩の呟きを漏らした。
今この瞬間も、テミスから言い渡された合流時間の限界は刻一刻と近付いてきている。
ゆっくりと考えている暇はない。すぐにでも結論を出さなければ、三つの候補の何処へも向かう事なく、テミスと合流できる可能性は失われてしまうだろう。
「よし……。この際だわ。テミス……貴女が私を、嘘を吐かない程度には信じてくれていると信じるわ。強引に一人で追跡している可能性は捨てましょう」
ボソリ。と。
フリーディアは絞り込んだ三つの選択肢の中から、個人的には最も可能性があると感じていた選択肢を除外した。
そもそも、あのテミスが強引に追跡をしているのなら、一般人であるマリアンヌを連れている私が合流するのは不可能だ。
なら、残る選択肢である、屋上と中央広場に賭けた方が建設的だろう。
「っ……!! 今日のテミスがどんな気分かなんて、私にわかる訳ないじゃないッ……!!」
しかし、フリーディアにとって、残った二つの選択肢はどちらも、自分では決して取り得ぬ手段だ。
だからこそ、判断材料は自らの理解が及ぶ範囲に限られる。
故に、標的の頭上で余裕に満ちたあの憎らしい笑みを浮かべながら、その動向を悠然と見下ろしているか、あるいは標的の向かう先を見抜き、不敵な笑みを浮かべて行く先々に先回りをして待ち構えるのか。
そこだけが、フリーディアにとっては完全に二者択一の賭けとなっていた。
「っ――!! もう知らないわッ!! 一度信じたんだもの……テミス、貴女が私を待っていると信じるッ!! この二択……私なら上ッ!!」
「――ッ……ッ……。っ……!?」
「マリアンヌさん! 跳ぶわよッ!!」
迷いを振り切るかのようにそう叫ぶと、フリーディアはマリアンヌの手を引き寄せて足を止めると、息も絶え絶えのマリアンヌを抱きかかえて石畳を蹴ったのだった。




