幕間 修行の日々
とある日のファント。
詰所の中庭の片隅では、眉根に深い皺を寄せたテミスが、漆黒の大剣を下段に構えて佇んでいた。
次第に、テミスの持つ大剣へと闘気が集中しはじめ、発光となって刀身を覆い尽くす。
そして……。
「ムゥッ……クッ……クッ……ッ……うわッッ!?」
バヂィッ!! と。
額に球の汗を浮かべたテミスが剣に力を込めた瞬間。
大剣に収束していた闘気が炸裂し、小さな爆発となって周囲にエネルギーが霧散する。
無論。
術者であるテミスは炸裂をまともに受ける以外方法は無く、もうもうと立ち込める土煙を裂いて吹き飛ばされた。
「グハッ……ウグッ……グゥッ……!!!」
距離にして約数メートル。
テミスの身体はまるで、蹴り飛ばされたボールのように何度も地面へと打ち付けられながら跳ねた後、辛うじて爆風のエネルギーを相殺すると、ゴロゴロと地面の上を薄い土煙を上げながら転がった。
「ハァッ……ハァ……ッ!! クソ……ッ!! また失敗かッ!!!」
すかさずムクリと状態を起こしたテミスが、修業が進まない苛立ちを吐き出すように地面に拳を叩きつけた時だった。
サクリ。と。
極めて軽い音を立てて、テミスの傍らに漆黒の大剣が深々と突き立った。
その位置はつい先ほどまで、ちょうど吹き飛ばされて転がったテミスの頭があった場所で。
半ば反射的に体を起こしていなければ、今頃テミスの頭と胴は、自らの剣によって両断されていた事だろう。
「っ~~~……!!!!!」
それに気づいた瞬間。テミスの顔面から音を立てて血の気が引き、あまりの恐怖に震えあがる事しかできなかった。
まさに紙一重。例え大軍を相手に一歩も退かないテミスといえども、この時ばかりは奇跡ともいうべき偶然に感謝した。
まさか、技の練習中に失敗して吹き飛ばされ、同時に吹き飛ばされた大剣で首を両断されて死ぬなんて事態になれば、それこそ死んでも死にきれない。
「ッ……。だが、十分に頭は冷えたな……。まだ実戦で使うには、戦気の収束速度も精度も足りなさ過ぎる……。しかし、こう何度も吹き飛ばされていては、とても私の身体が持たんぞ……」
全身を駆け抜けた恐怖が去った後。
テミスは頬に一筋の冷や汗を流し、ブツブツと呟きながら、地面に突き立った剣を杖代わりに立ち上がる。
「フム……もう少し慎重にやるか……。収束速度と精度、両方を同時にやろうとするから操り損ねて炸裂するのだ。まずは片方づつ極めるべきだな!! うん……ッ!!」
独り言を続けながら何度も頷いたテミスは、最後に一度大きく頷くと、深々と地面に刺さった大剣を引き抜いて目を瞑る。
私だけではない、死人や怪我人が出る前に方向性を切り替える事ができたのだから、僥倖といえるだろう。
「まずは精度から……。よしッ……!! すぅぅぅぅっ……!!!」
剣を構えたテミスは、自らに言い聞かせるようにひとりごちると、大きく息を吸い込んで、再び構えた剣へと力を注ぎ込み始めたのだった。




