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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第14章

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732話 虚ろの帰還

「フ……フリーディア殿ッ!!! テミス様が……テミス様が、目を覚まされ……ました……」


 その報せがフリーディアの元へと届いたのは、今回の騒動が起こってからちょうど七日後の事だった。

 しかし、紛れもない吉報であるはずのその報せを持って、慌ただしく駆け込んで来たマグヌスの顔はとても暗く、その表情からは困惑をも見て取れた。


「っ……。何が……あったの? 詳しく教えて頂戴」


 ぞわり……。と。

 フリーディアは、自らの胸の奥の方から湧き出る嫌な予感に蓋をすると、手に持っていた書類の束を傍らに置き、努めて冷静な声を心がけて口を開いた。

 ファントの町を狙った今回の騒動は、捕らえた者達を隔離して尋問することで、驚く程早い解決を見せていた。

 そこには無論、疑いの目を向けられながらも、終始この一件に協力的だったマリアンヌの功績も多く、フリーディアはその事実を、今度こそあの意地っ張りなテミスに突き付ける為、その全てをつづった膨大な報告書も用意していたのだ。

 あとは、テミスが目を覚ますのを待つだけ。

 事態は今日ここに至るまで、良く均された平坦な道を歩むが如く、極めて順調に推移していた。


「はい……目を……覚まされた……のですが……」

「……?」


 フリーディアの問いかけに、マグヌスは暫くの間逡巡を見せると、彼にしては珍しい程に歯切れ悪く語り始めた。


「果たしてあの方は……本当に……テミス様……なのでしょうか……?」

「はっ……?」

「お……おかしなことを言っているのは、私とて理解しておりますッ!! あの方は恐らく……確かにテミス様なのでしょうッ!! それでも……それでも私はッ……!!」

「……ごめんなさい。貴方が何を言いたいのか良く解らないわ? とにかく、テミスは目を覚ましたのよね?」

「は、はい……」


 しかし、マグヌスの報告する内容は一向に要領を得ず、そこから得られる確たる情報は無いに等しかった。

 だが、マグヌス自身も自覚しているようだが、そこに少なくない葛藤があった事は厭というほどに伝わってくる。


「わかった。なら、これからテミスの所へ行くわ。どちらにしても、報告しないといけない事が山ほどあるから。マグヌス……往復させて悪いけれど貴方も付いてきて頂戴」

「はい。ご一緒するのは勿論……。ですがどうか……気を強く持たれて下さい」

「……? えぇ」


 再三警戒を促すマグヌスの言葉に不安を覚えながら、フリーディアは手早く準備を済ませると、手塩にかけて作り上げた書類を小脇に抱えて、テミスが傷を癒している病院へと足を向けたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 病院に到着したフリーディア達が案内された病室は、奇しくも以前、深手を負ったフリーディアが担ぎ込まれた病室だった。

 しかし、そんな事すら頭の中から吹き飛んでしまう程の現実が、今のフリーディアの前には広がっている。


「っ……!!!!」


 声が出ない。

 全身を寒気に似た怖気が這いあがり、荒れ狂う感情がその光景を否定していた。

 案内された病室の中に居たのは、ただの一人の少女だった。

 ほんのりと赤く色付いた美しい長い白銀の髪を、開かれた窓からそよぐ風になびかせながら、少女はベッドの上で状態を起こし、ただぼんやりと呆けている。

 この瞬間。フリーディアは漸く、真の意味でマグヌスの言葉を理解した。


 ――この少女は、本当にテミスなのか……?


 確かに、外見的特徴は一致している。

 膝の上に掛けられた掛布団から覗く白い腕に巻かれた包帯は、確かにあの時テミスが傷を受けた位置と寸分違わない。

 だが、目の前の少女をテミスと呼ぶには、決定的な何かが欠落していた。


「うそ……」


 少女の目を覗き込んだ瞬間。フリーディアは自らの手から、珠玉の作品である報告書が音を立てて落ちるのにも構わず、フラフラと危うい足取りで後ずさりした。

 目の前の少女の瞳はただ虚空を見つめるばかりで、そこには何も映って(・・・・・)いなかった(・・・・・)


「お気を……確かに……。目を覚ましてからずっと、あの調子なのです。我々がいくら呼びかけても何の反応も示さず……クッ……」

「…………」


 どすり。と。

 フリーディアは、自らの後ろに控えていたマグヌスにぶつかってようやく、思考をする程度の余裕が生まれる。

 そうだ。この少女がテミスでないなんて事はあり得ない。

 テミスは確かに、性格は傲岸不遜でやる事は滅茶苦茶だけれど、そこには確たる芯がある。

 それに加えて、テミスがこの町の平和を作り、守り抜いてきたことに間違いはない。

 なら、テミスを偽物にすり替えるなんて事をしても、この町の人々にとって何の得も無い。


「……マグヌスさん。すぐにイルンジュ先生に確認を」

「確認……ですか? ですがこの方は――」

「――テミス(・・・)に使った術式と薬の詳細とその説明……いえ、イルンジュ先生をすぐにここへ呼んできてください」


 長い沈黙の後。フリーディアは僅かに震える声でマグヌスにそう告げた後、音高くカツリと振り返って言葉を重ねる。

 その瞳には、気高い希望の光が、煌々と灯っていたのだった。

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