727話 刹那の戦い
扉を蹴破り、勢いよく雪崩れ込んだ小屋の中は、驚く程に質素な物だった。
部屋の中心には、古びて朽ちかけた大机が一つ鎮座しており、その傍らには椅子すら置かれていない。
薄暗がりになっている部屋の隅には、恐らくはここで寝泊まりをするための設備なのだろうが、薄汚れた藁やボロボロの布が敷かれていた。
そして部屋の至る所には、投げ出された書類や売り物であろう武器の類が散らばっていて……それは、この小屋を根城とする者達の練度の低さを表していた。
だが。
「き、きたッ!!」
「いまだッ!!」
「やっちまえッッ!!!」
フリーディア達の突入に遅れること数瞬。
武器を構えたまま、身を竦ませたかのように固まっていた室内の者達が、一斉にフリーディアをめがけて武器を振るう。
「っ…………」
しかし、フリーディアは自らに迫り来る刃や槍の穂先を無視すると、自らの真正面に立つ槍を手にした女の後ろで、弓に矢を番えたまま唇を固く結ぶ一人の女へと向けられていた。
「――くっ!!!」
次の瞬間。
フリーディアの視線に射竦められた弓兵の女が矢尻から手を離すと、空気を鈍く引き裂く音を響かせながら、番えられた矢が放たれる。
「フッ……」
その刹那。
フリーディアに続いて小屋へと飛び込んだライゼルの目に飛び込んできたのは、心の底から安堵したかのように微笑むフリーディアの横顔だった。
そして……。
「――えっ……?」
「――っ!? きゃあッッッ!!」
「――ぁ?」
キィンッ……。と。
ひと際甲高い金属音が響くと同時に、小屋の中でフリーディア達を待ち伏せていた者達の雄叫びは疑問符へと変わり、その場を静寂が支配する。
「っ……!!!!」
凄まじい、迅さだった。
傍らでその光景を見ていたライゼルは、背筋を走り抜ける戦慄を感じながら絶句した。
それはこれまでライゼルが見てきたフリーディアの剣の中でもひと際迅く、その凄まじい迅さは、彼の目を以てしてもその軌跡を追うのが精一杯であった。
そんな、神速とも言うべき剣だ。
粗末な装備と粗末な陣形、そしてとても戦う者だとは思えぬほどの拙い攻撃を繰り出した彼女たちに、何が起きたかなど理解できるはずも無いだろう。
――まずは第一撃。
矢が放たれたのを確認したフリーディアは、眼前の槍を突き出す女の足を払うと同時に、切り上げる形でその穂先を切り落とした。
――次に第二撃。
フリーディアが狙ったのは、高々と掲げ、大きく振りかぶった剣を振り下ろす右側の男。
槍の穂先を切り落とした体勢から、そのまま剣の腹を合わせると同時に剣を捻り、自らに向かって振り下ろされる剣の勢いを逸らすと同時に、巻き取るような動きで剣をその手から絡め捕った。
――そして、第三撃。
これは最早、攻撃と揶揄すべきかも悩む程のものだった。
最後に残ったのは、右側の男の逆側で、彼と同じく高々と振り上げた剣を力任せに振り下ろした男だった。
だが、この時点で男の刃は、フリーディアの間近まで肉薄していた。
加えて、フリーディアの剣は左側の男の剣を絡め捕るために高々と振り上げられたままだ。
しかし、フリーディアはゆらりとその身を左側の男へに向けて大きく傾がせると、男の剣に触れる事すら無くその刃を躱した。
そして、家屋の床へと突き立ったその刃を踏み付けると、最後に男の首筋にピタリと自らの刃を添えたのだ。
「えっ……? な……何……が……」
「ライゼルッ!!」
「――っ!!」
そして刹那の時間が過ぎ去ると、雷鳴のようなフリーディアの咆哮が響き渡る。
同時に、その傍らでは、右側の男の手を離れた剣がドスリと言う鈍い音を響かせて床へと突き立ち、フリーディアの頭上の戸口には、軽い音と共に一本の矢が突き刺さっていた。
「動くなッ!! お前たち全員だッ!!」
フリーディアの言葉と共に飛び出したライゼルは、部屋の中心にお彼等机を一足飛びに飛び越えると、後方で弓を構えていた女と、その両手で荒縄を握り締めていた女の首元へカードを突き付けて声をあげた。
「貴方も……剣を放してくれるかしら?」
「は……はい……」
「……。……お前達もだ。縄と弓を捨てて床に這いつくばれ」
「ぅ……ぁ……ぁぁ……」
僅かな静寂が駆け抜けた後。
フリーディアが静かな声で剣を突き付けた男へそう告げると、男は目を丸くしたままその言葉に素直に従った。
その言葉を復唱するように、ライゼルが冷たい声で首筋にカードを当てがった女たちに告げると、女たちは泣き声のようなか細い悲鳴を喉から漏らしながら、即座にライゼルの指示に従う。
かくして、小屋の中で起こった戦闘は、瞬く間に終わりを告げたのだった。




