724話 仇敵の心労
「建物内に居るものへ警告する。貴様等は完全に包囲されている。抵抗の意思なくば直ちに建物から出て投降せよ。これに応じない場合、ファントの領有下に存在する建造物を不正に占有したとして、その身柄を強制的に拘束するッ!!」
柔らかな付きの明りが降り注ぐ下で、高らかに宣言されるテミスの投降勧告が響き渡った。
その周囲では、鎧に身を包んだ兵士達が、手に武器を構え、緊張した面持ちで小さなボロ小屋を取り囲んでいる。
「……繰り返すッ!! 直ちにその小屋から出て投降せよ! 逃げる事は不可能だ。投降せよッッ!!」
小屋を取り囲む部隊の中でも、包囲の円から突出して小屋の扉にほど近い位置に配置された部隊の先頭で、フリーディアは緊張した面持ちでテミスの勧告を聞いていた。
事前の作戦では、ここで投降した者が出た場合でも、その身柄を速やかに拘束して武装解除をする事になっている。
その理由は明白。
追い詰められた敵が投降と偽り、自爆覚悟で捨て身の攻撃を繰り出してくる可能性があるためだ。
無論。フリーディアの信条としては、悪事を棄てて投降する者にそのような乱暴を働きたくはないが、テミスの言う危険性を否定できないのは事実だった。
「……フリーディア様」
「…………」
「フリーディア様?」
「……っ! ライゼル!? どうかしたの?」
その傍らから、ライゼルが顔を覗き込むようにして言葉をかけているのに気が付き、フリーディアはビクリと肩を跳ねさせると、憂鬱な思考から意識を現実へと向ける。
すると、ライゼルは何処か呆れたような表情を浮かべてフリーディアを眺めると、小さなため息と共に口を開く。
「いえ……。奴の……テミスの指示では、フリーディア様の配置は部隊後方の筈……」
「フフッ……馬鹿ね。前線指揮官が先陣を切らずに何をすると言うのよ?」
「ですから今回の作戦は戦争では無いのです。何度も言いますが、フリーディア様が最前線に立たれる必要はありません」
「後ろに退った所でやる事は同じよ。なら、少しでも慣れた位置で、状況を正しく把握するべきだわ」
「ハァ……」
ライゼルの言葉に対して、フリーディアは胸を張ってそう答えると、どこか誇らし気な笑みを浮かべてライゼルに視線を合わせた。
そして、物憂げにため息を吐くライゼルに対し、柔らかな笑みを浮かべて語りかける。
「ありがとう、ライゼル。貴方の心配は嬉しいわ? けれど、貴方にも役目があるように、私も自分に課された責務を果たさなくてはいけない」
「っ……。それが、指揮官自ら最前線に立つ事だと?」
「えぇ。そうよ」
「…………」
クラリ……。と。
自信満々に頷くフリーディアに、ライゼルは軽い眩暈のような錯覚を覚えた。
我が恩人ながら、よもやここまでとは……。
胸の奥底から湧き出る数多の不満を噛み殺しながら、ライゼルは秘かに深いため息を吐く。
あの女は、普段からこんなのを制御しているのか……?
確かに、通信技術の乏しいこの世界では、戦争において腕に覚えのある指揮官が最前線に立つ事は珍しくはないし、いちいち伝令を走らせる手間や味方の士気を考えれば合理的だともいえるだろう。
だが、こと今回に至っては話が全く違う。
踏み込むのは敵のアジトであると予想される小さな建物。
総指揮官であるテミスが重症の為、その身の安全と体調を考慮しての代理指揮官。それが今回のフリーディアの役割の筈だ。
つまり、伝令を配置する必要が無い今回の作戦において、重要なのは最前線で戦って部隊の士気を上げる事では無い。
いかに手早く、そして安全に敵戦力を無力化して捕縛し、情報を収集する為に適切な指示を下す事だ。
ならばこそ、彼女の最適な配置は前線部隊の後方。状況を俯瞰し、かつ想定外の状況にも対応できる場所に居るべきなのだ。
だというのに……。
「ハァ~……。わかりました。ですが、くれぐれも私より前に出る事がないように注意してください」
「もう……そう何度も言わなくてもわかっているわ。というか、ライゼル今日の貴方少し変よ? 何処か体調が悪いのなら――」
「――絶・対・に!! です!! っ…………。私の前方に立たれては、探知の術式や罠を解除するための術式に支障が出かねませんので」
「っ……!! そ、そう……わかったわよ」
ライゼルはため息とともに念押しをした後、何処か投げやりなフリーディアの答えに瞼をピクリと動かすと、強い口調で切り札とも言うべき理由を切った。
ライゼルの能力ならば、フリーディア一人が前に立ったところで、罠自体に飛び込まれでもしない限りは万に一つもそんな可能性など無いのだが。
するとフリーディアは、小さく目を見開いてからコクリと頷くと、漸くライゼルの後ろへと自ら移動した。
「全く……少しだけ、アンタの気分が分かったしますよ……」
ライゼルはフリーディアが自らの後ろに退がった事を確認すると、チラリと夜空に視線を泳がせながら、口の中でそう呟いたのだった。




