723話 適材適所
「ライゼル……全く、最近は落ち着いてきたのに……。どうしたのかしら……」
突入の号令を待つ兵士達の中に消えていったライゼルの背を睨みながら、フリーディアは言葉を零した。
確かに、ライゼルは以前テミスと敵対していたが、今では立派な白翼騎士団の一員だ。
その能力の高さ故に仲間達からも慕われ、彼のお陰で窮地を乗り越えた事だってある。
そしてテミスも、以前の蟠りなど棄て去ったかのように、彼とは普通に接していた筈なのに……。
「吹き飛ぶ……? 爆発……? いや……」
一方、事態を憂慮するフリーディアの傍らでは、テミスがブツブツと呟きを漏らしながら首を傾げていた。
ライゼルはその言葉通り、フリーディアの介入により私に斬って捨てられるはずだった命を保護された状態だ。
無論、奴自身が持つ恨みが消えるとは思わないが、白翼騎士団へ仕えている現状、ライゼルとは共闘関係にあると考えて良いだろう。
つまり、ライゼルが残した言葉には、私への怨みや蟠りを捨て置いてでも、優先すべき意味があると考えるべきだろう。
普通、フリーディアを危険から遠ざけたいのならば、自分共々後方へ退るはずだ。
ならば何故……わざわざあんな持って回った言い方をしてまで、自分自身も危険な突入部隊に志願した……?
「っ……!! そうかっ!」
「テミス?」
そして、思考を巡らせること数分。
テミスは自らの中で答えを導き出すと、突然ピクリと体を跳ねさせて声をあげた。
確かに……私心を殺してまで、ライゼルが私の元へ来るはずだ。
ライゼルが憂慮していたのは恐らく罠の存在だろう。
無論。私とて罠が仕掛けられている可能性は考慮しているが、それはあくまでもこの世界が基準の罠だ。
それは例えば、床下をくり貫いた落とし穴であったり、遠隔魔法による圧殺であったり……と、どれも良く言えばファンタジー、悪く言えば原始的な仕組みの罠なのだ。
「なるほど確かに盲点……否。慢心していたというべきか……」
傍らで首を傾げるフリーディアを無視して、テミスは一人で小さく頷く。
ライゼルが私に告げたかった事、それはあの世界から持ち込まれた知識によって作られた罠の存在だろう。
流石に、電源を必要とする機械式の罠などは無いだろうが、火薬や魔石を用いた対人地雷やワイヤートラップなど、この世界に存在するもので再現でき、かつ殺傷能力の高い罠など幾らでもある。
「……確かに、M18なんて仕掛けてあった日には、こいつなぞ真っ先に吹き飛びそうだしな」
「……?」
テミスは乾いた笑みを浮かべながら、目を丸くして首を傾げているフリーディアへと視線を向ける。
あぁ……簡単に想像できてしまうのが何とも物悲しい。敵陣である建物の目の前に鎮座する見慣れぬ物体。フリーディアの事だ……周囲に注意を促しながら、自らは謎の物体を調べる為に前進するのだろう。
そして、有効射程範囲に足を踏み入れた瞬間……。
「仲間諸共ドカン……か……。笑えんな」
そもそも、安易に扉を開く事すら危険なのだ。
縄を使った罠は流石のフリーディアとて警戒するだろうが、仮に視認性の低いワイヤーをトリガーとした起爆装置を用いていたのなら、突入と同時にお陀仏だろう。
「フリーディア。今からお前に最も重要な事柄を告げる」
「えっ……? う、うん……」
テミスは無事な左手をフリーディアの肩へと置きながら、言葉と共に、極めて深刻に、そして真剣な表情でそう話を切り出した。
しかし、当のフリーディアは事の重要性など理解できるはずも無く、ただ目を瞬かせてコクリと頷いた。その水と煮えたぎる油の如き温度感の差は凄まじく、傍から眺めるマリアンヌは、苦笑いを浮かべて眺める事しかできなかった。
「部隊内の配置や采配はお前に任せると言ったが、最前線はライゼルにやらせろ」
「なっ……!? テミス……流石に大人げないわよ?」
「馬鹿が。私怨ではない、やつはその性質上仕掛けられた罠を見抜くのが得意……なはずだ」
「っ……! 確かに……そうね……。わかったわ」
その命令に苦笑するフリーディアの言葉を一蹴すると、テミスは至極真面目な口ぶりで急造の理由を付け加えた。
だが、当のフリーディアはそんな理由でも納得したのか、僅かに考えるそぶりを見せた後、素直に頷いてみせる。
「よし。では話を戻そう。プランB、つまり建物内に敵抵抗戦力が確認された場合についてだが……」
「待って。テミス」
「ん……?」
フリーディアが了承した事を確認したテミスが話を戻そうと口を開くが、小さく笑みを浮かべたフリーディアがそれを止めた。
そして、傍らで所在無さげに立ち尽くしていたマリアンヌを手招きで呼び寄せると、テミスの隣に立たせて言葉を続ける。
「心遣いは助かるけれど……そろそろ時間よ? 大丈夫。全部頭に入っているわ。だから貴女は、後ろでドーンと構えて見てなさい」
「…………。ハッ……自分が前線に出るよりも、今度は心労で倒れかねんな……」
「何よそれッ!! 人が心配してるっていうのに!」
「クク……ならば見せてみろ。お前の完璧な仕事をな」
不敵な笑みを浮かべてそう告げたフリーディアに、テミスは一瞬だけ動きを止めて目を瞬いた後、皮肉気に頬を歪めて言葉を返した。
そして、いつも通りテミスの皮肉に気炎を上げたフリーディアが叫びをあげると、テミスはどこか愉快そうに喉を鳴らして応えたのだった。




