706話 静かなる争い
「諜報戦だ」
夕方。夕日が照らし出す街を一望できる窓を背に、テミスは机に両肘をついて手を組んで言い放った。
その眼前には、体を休めたマグヌスと警邏から戻ったサキュド、そしてフリーディアとマリアンヌを加えた面子が、強張った表情で視線を返している。
「この町は現在。正体不明の何者かより攻撃を仕掛けられていると推測される」
「攻撃っ……!!?」
「……。お前達も少し町へ目を凝らせば容易に気付けるだろう。衛兵や冒険者といった荒事を生業とする者達だけではなく、雑貨商や飯屋の店主などといった我々が護るべき住人までもが、武器を手に街を闊歩している」
「っ……!!」
「…………。彼等に話を聞いた所、流れの冒険者や行商人を名乗る者から破格の値で武器を譲り受けている事が共通していた。つまり、何者かが意図を持って、組織的にこの町に武器をばら撒いている。よって、無用な争いの目を事前に摘み取る為、この何者かが行動を起こす前に見つけ出し、誅殺する必要がある」
「なるほど……」
テミスの言葉が途切れる度、真剣な面持ちで話に耳を傾けていたマリアンヌは反応を返すと、周囲から自らに注がれる眼差しを気にすることなく、テミスが言葉を続けるのを待っていた。
だが、テミスがそれ以上言葉を続ける事は無く、次第に部屋の中を重苦しい沈黙が支配していった。
「それで……私は何を承ればいいのでしょうか?」
けれど、そんな重圧をものともせずに、マリアンヌは真っ直ぐにテミスの目を見て言葉を返す。
その瞳は、つい先日に自らの道を見失い、自失してしまう程に取り乱した者とは思えない程の輝きを取り戻していた。
「フム……」
「……どうかされたのですか?」
「いや……」
首を傾げ、真正面から問いかけてくるマリアンヌに、テミスは視線を逸らして言葉を濁す。
テミスとて、いくら容疑者だとは言っても、一度心を折った相手に追い打ちをかけるほどの鬼畜では無い。無論……マリアンヌが『敵』であると確定した暁にはその限りではないが。
「マリアンヌ。お前にはフリーディア率いる白翼騎士団の指揮下に入り、その指示に従って貰う。生活にこれまでとさほど変わりは無いが、騎士団という特性上その指揮下に入るという事は、鉄火場に出る可能性もあるという事は理解してくれ」
「っ……。承知しました」
「ではフリーディア。お前達は町の中心部……特に連中が次に食いつきそうな住居区画を重点的に当たれ。くれぐれも間違えるなよ? 我々の目的はこの町に武器を蔓延させる連中の捕縛だ」
「わかって……いるわよ……」
テミスがマリアンヌから視線を移し、厳しい口調で言い含めると、フリーディアは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような渋い表情を浮かべた後、言葉を詰まらせながらむっつりと頷いた。
マリアンヌの事を信用しようなどと言い出すコイツの事だ、今度は敵かもしれない正体不明の輩に肩入れし、その隙を突かれるのが関の山だろう。
本来ならば、フリーディア達が痛い目を見ようと知った事では無いのだが、敵の姿が見えない今回ばかりは、貴重な戦力である彼女たちを、下らん私心で使い潰すのは論外だ。
「テミス様……質問をしてもよろしいでしょうか?」
「許可する」
一通りの通達を終えた後、テミスがこの場に集まった面々を見渡した時だった。
テミスの視線を捕らえるように目線を向けたサキュドが、挙手と共に声をあげる。
「武器の携行及び、犯人と思しき連中が抵抗をした際、応戦しても構わないのですか?」
「無論だ。この町の住人に対する配慮は最大限にした上で、容疑者の捕縛を優先するものとする。なお、捕縛が困難だと判断した場合、殺害してしまっても構わない」
「っ――!!!」
ニヤリ。と。
サキュドの質問に答えたテミスは口角を吊り上げ、密かにその視線をマリアンヌへと向ける。
サキュドに出させたこの問いは、フリーディアにも知らせていない、テミスがあらかじめ仕掛けた罠だ。
仮にマリアンヌが黒ならば、自らの仲間の命をむざむざ危険に晒すまいと、何かしらの反応を見せるかもしれない。
だが。
「殺害……。つまり、自分に従わない場合は殺してしまう……のですか……?」
「っ……!? ハッ……無意味な問いだな? マリアンヌ。我々はただ、この町の平穏に影を落とす連中に、真意を問いたいだけさ。罪なき者の平和を奪わんとする者とこの町の平穏……どちらを優先すべきかなど、火を見るより明らかなはずだが?」
ものの試しとばかりにかけた揺さぶりだったが、テミスの言葉を聞いた途端、マリアンヌはその顔色を蒼白に変えて、固くその手を握り締めた。
彼女の態度は最早、自らがテミス達の敵に与していると自白しているに等しいものだったが……。
「クク……。行動開始は明朝からだ。降伏勧告くらいはしてやらんとな?」
テミスはギラリとその目を鋭く光らせて告げると、それ以上マリアンヌを追求する事は無かったのだった。




