65話 黒白の決闘
「姿が見えていると聞いてはいたが……まさか本当に居るとはな。心底残念だ」
互いに全身の力を剣に預け、互いの身に全力でその刃を食い込ませようと苦心しながらテミスが口を開く。
「ここには、我等が夢見る理想郷の種子が……根付きつつあったのだがな」
「何をッ――」
言葉と共に、フリーディアの剣が閃いてテミスの剣を受け流し、がら空きの上段からその顎を叩き込む。しかし、それを読んでいたかのように身を屈めたテミスの身を追った先には、地面に突き立った大剣の柄が待ち構えていた。
「ォオッ……!!」
「せいっ! はっ!」
激しい金属音と火花の剣戟が打ち鳴らされ、一際甲高い破砕音と共に二人が数歩の距離を取る。一瞬の隙も無く構えを取った二人にはいまだ一太刀も傷は無く、その剣戟の凄まじさを物語っていた。
「フム……? 見た所、数が少ないようだが? 脱走兵でも出たか?」
中段に構えていた大剣を肩に担ぎ上げ、頬を釣り上げた凄惨な笑みでテミスが挑発する。テミスにとって、転生者としての膂力をつぎ込んだ今の打ち合いで、ただの人間であるはずのフリーディアに拮抗されるのは予想外の事だった。
「ご心配なく。それよりも、もう一度だけ聞くわ。テミス、こちら側に戻ってくるつもりは無いの?」
「ハッ……笑わせるな」
一見。真半身に構えていた構えを崩し、口戦に応じるそぶりを見せたフリーディアの前から、嘲笑と共にテミスの姿が掻き消える。
「――っ!」
次の瞬間。激しく金属がぶつかり合う音と共に、まるでコマでも繋ぎ合わせたかのように、上段から叩き下ろしたテミスの大剣をフリーディアの剣が受け止めていた。
「不意打ちなんて、ずいぶん余裕が無いのね?」
「抜かせ。戦場で意識を緩めるやつが間抜けなのだ」
「ハァッ!」
箸休めの如く舌戦を挟み、再び剣戟が繰り広げられる。その様は、ここが戦場ではなく修練場であったならば。せめて、このような血まみれの戦場ではなく、のどかな草原であったならば……。互いに高め合う剣士に映ったのだろう。
「やれやれ……いい加減にしつこいな」
更に数合の打ち合いを経た後、テミスは嘆息と共にぽつりと漏らす。この激烈な打ち合いで、テミスにはフリーディアを本気で殺すつもりは欠片も無かった。故に転生者の膂力のみで戦い、その皮肉な授かり物である能力は使っていない。
「……おい。フリーディア」
「っ!?」
一瞬の逡巡の後、もう幾度目かになる激しい激突で距離を取ったテミスは、構えていた大剣を地面に突き立てて問いかけた。
「何故。お前がこの戦場に居る? ここに育まれていたモノの事を、お前は知っているのか?」
「……? 何を言って――」
「フリーディア様! 魔族に寝返った裏切り者の戯言です! 耳を貸してはなりません!」
先程奇襲を受けたせいか、完全には構えを崩さずに首をかしげたフリーディアに、外野の騎士から叫びが上がった。同時に、最早戦いの手を止めて、固唾を呑んでテミスとフリーディアの一騎打ちを見守っていた双方の取り巻きが、口々に叫び声をあげ始める。
「喧しいッッッ!!」
「っ――!!」
しかしその喧噪も、気合と共に放たれたテミスの怒号によって一瞬で静けさを取り戻した。
「なるほど……見えて来た」
テミスはニィッっと頬を吊り上げると、その視線を白翼騎士団の騎士達とフリーディアの間で彷徨わせる。その苦し気な表情を見て、大した役者だ。とテミスは思った。
恐らくだが、白翼騎士団はフリーディアを除いて、この地域に何が芽生えつつあったのかを知っているのだろう。そして、今回の大規模攻勢が何を目的としてなのかは定かではないが、助力を請われた何も知らないフリーディアが喜び勇んで来たという訳だ。
「知らぬは本人ばかり……箱入りも良い所だな」
皮肉が満載されたテミスの呟きが、静まり返った戦場に反響する。この場の人間の耳を震わすのは、ただ一人しゃべり続けるテミスの声と遠くから響く蹄の音だけだった。
「テミス……あなたさっきから何が言いたいの? この地にあったのは魔王軍の圧政から助けを求める人々の声だけじゃない!」
「ククッ……アッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
焦れたように上ずったフリーディアの叫び声が木霊した途端。テミスの大爆笑が響き渡った。この女。本気でそんな言葉を信じているのか? 人間共がこねくり回して作り上げた、戦争を仕掛けるためのお題目を?
「とんだお花畑だな……いい機会だ。教えてやる! シスコン騎士団共は黙って聞いておけ!」
テミスはひとしきり腹を抱えて爆笑した後、地面に突き刺していた大剣を抜いてフリーディア達に向けると、高らかに声を上げた。
「いいかフリーディア! この地では魔王軍領と人間領での交易が芽生えつつあった! これぞまさに人魔共存を夢見るお前の求めたものでは無いのか!?」
「嘘っ! だったらなんで私たち人間が兵を挙げる必要があるのっ!」
「……嘘なものか」
遠くから聞こえる増援の足音に耳を傾けながら、テミスはフリーディアの後方を顎でしゃくる。そこには、沈痛な表情で視線を逸らす白翼騎士団の面々の姿があった。
「そんな……なんで……?」
「やれやれ。お前達も大変だな。同情するよ白翼のオニイサン達?」
「黙れっ! 今すぐその口を――っ!」
「黙らんとも。フリーディアの為にもな」
騎士団の先頭に居た若い騎士……リットが一歩進み出て気炎を上げた瞬間。テミスの左手が閃いて彼の足元に魔法弾を着弾させる。正確無比に足甲の際を撃ち抜いたそれは、リットの言葉と足を止めるのには十分だった。
「フリーディア。いい加減に守られている自覚をしろ。わからんか? 真実を語れば純然たる正義を掲げるお前は動かないだろう。なるほど……素晴らしい騎士道精神だ」
「当り前じゃない! それに……テミスも止めなきゃって――」
「だが、人間達の正道から外れたお前は淘汰される。幾ら強かろうと、幾ら高貴だろうと使い辛く、役に立たん道具など処分されるのが世の常だ。それに……私を止める? 自分の未熟さを他人に押し付けるなよ」
フリーディア達の背後。その向こうからどんどんと迫ってくる白銀の一団を視界に捕らえながら、テミスは静かに言い放った。別に、白翼の連中を責める訳ではない。仮に私が、あの日フリーディアの手を取っていたならば、彼女に対してはきっと同じことをしていただろう。その正義が汚れぬように祈りながら、その笑顔を曇らせないように。
「テミス。私、あなたに――」
「――時間切れだ」
蹄の地鳴りを聴きながら待つこと数秒。悲壮な顔で言葉を紡いだフリーディアにテミスは、ただ一言短く言い放った。同時に、地面に突き立てていた大剣を抜き構え、流れるように中空を大剣で切り払って発声する。
「月光斬ッ!!」
その声に呼応し、切り払った大剣が描いた軌跡に白い光の刃が産まれ、前方へと射出される。その光の刃はフリーディア達の頭上を飛び越え、その後方から駆けて来た白翼騎士団の分隊へと吸い込まれていった。
「……悪いな」
ボソリ。と。剣を払った体勢でテミスが呟いた直後。
「あぁ。悪いね」
「――っ!? な……にっ……!?」
べっとりとした粘着質な声が聞こえたかと思った瞬間。月光斬を切り裂いて飛び出してきた光の槍が、テミスの胸を穿っていた。
10/25 誤字修正しました
2020/11/23 誤字修正しました




