64話 強大で怠惰なセイギ
「進めェ~ッッ!! 雑魚には構うな! 頭を落とすぞ!」
盛大な鬨の声と共に、荒廃した戦場を白く輝く一団が疾駆する。それを押し留めようと、四方から武具や魔法が叩き込まれるが、その堅牢な守りを傷付ける事は叶わなかった。
「白翼だッ! 軍団長たちを呼べッ!」
「もう伝令を走らせたッ!!」
再び、一方的な戦況へと覆った戦場に、魔族たちの悲鳴にも似た怒声が木霊している。
「……そろそろですかね」
「ええ。気を引き締めなさい」
軍団の戦闘で、一番槍に志願したリットと騎士団長であるフリーディアがボソボソと言葉を交わす。まさか、我々の狙いがその頼みの綱である軍団長である等と、彼らは塵ほども思わないのだろう。
「このぉっ! ――ギャッ!」
側面から、一人の魔族が幅広な剣を抜き放ってその切っ先をフリーディアへと突き出す。しかし、その剣にフリーディアは振り向く事すらせず、後続の騎士が持つ馬上剣によって切り落とされた。
「中々に骨がある……」
リットの耳に、ボソリと呟いた後続の騎士の声が届いた。確かに、幾度となく巡った戦場の中でも、部隊にここまでの接近を許したのは久しぶりだ。普段であれば魔術師や弓兵による応射で近寄ってくる者すら居ない。それに比べて……。
「火力を集中しろ! 一点に集めるんだ!」
「弓兵! 魔導弓を使え! 斉射せよ!」
「攻撃は考えるな! 防ぎ、押し留めろッ!!」
リットたちの周囲では悲鳴に混じって魔族たちの怒鳴り声が響き渡り、その練度の高さを示していた。雨あられのように降り注ぐ攻撃の嵐も、よくよく見てみれば物理と魔法を織り交ぜた防ぎ辛い編み方をされている。
ま……無駄なんだけどな。と。今度は炎矢の降り始めた空を眺めながら心の中でひとりごちった。チラリとリットが視線を送った先では、白色のローブに身を包んだ3人の魔導師が、歯を食いしばりながら次々に術式をくみ上げていた。
「……暇だ」
贅沢なのは承知しながらも、リットは怠惰な気分で馬上から戦場を見下ろした。ただ単に役割分担の問題。今はまだ、騎士団の中でも近接戦闘に優れたリット達の出番ではないだけの事。けれども、リットの心にはまるで観光にでも来たかのような気の抜けた気分が巣食っていた。
「……クズめッ! ――っ?!」
ただひたすらに、雑兵を薙ぎ倒して前進するのに飽き、手慰みに倒れた敵兵に止めでも刺してやろうと、リットがその馬上槍を振り上げた瞬間。横合いからフリーディアの小手が伸びて来てその槍を止めた。
「倒れた者に武器を振るわない。強大な敵を前にして余分な消耗を抑える。今のあなたの行動は、騎士としても戦士としても失格だわ」
「っ……すい……ません……」
事も無げに。静謐な目を前方に向けたまま、フリーディアの声だけがリットの胸を抉った。心優しい彼女の事だ。どれほどの戦友の屍が積み重なろうと、魔族が改心すると言えばあなたは受け容れるのだろう。だが、それはあまりにも……。
「見えたわ。総員! 抜剣ッ! 地上近接戦闘用意!」
「ハッ!」
いったいどれほどの距離を駆け、どれだけの魔族を切伏せたのだろう。まばらに出てくる魔族兵の向こう側に、白布で仕切られた陣のようなものが見えた途端、リットの思考を遮るようにしてフリーディアの命が放たれた。
「っ! 来たッ!」
「フ……フリーディア様ッ!」
直後。隣に居たフリーディアが呟いたかと思うと、途端に静謐とさせていた目を輝かせて馬上から姿を消す。否。剣を抜き放ち、馬上から前方へと跳んだのだ。
「フッ――!」
バギィンッ! と。フリーディアが飛び出して行った前方から、地響きと共にけたたましい金属音が鳴り響いてきた。数秒後。次にリット達の目がフリーディアの背中を捉えた時には、フリーディアが握る剣の向こう側には、あの漆黒の大剣を以て鍔迫り合いに応じるテミスの姿があった。




