688話 無実の証明
「ファントの町に滞在する女神教徒の人たちには、私たち白翼騎士団の団員と行動を共にして貰うわッ!」
一呼吸を置いた後、胸を張ってそう宣言したフリーディアは、その口元に自信に満ちた笑みを終始浮かべながら、己が腹案を語り始めた。
「起居の場所も今の宿から、現在仮設中の私達白翼騎士団が使っている宿舎に移動、私たち騎士団員と寝起きを共にして貰います」
「っ……!」
「勿論。最大限の配慮はするけれど、私たちは男所帯。監視に就く者が異性になる可能性は高いわね」
「ハッ……」
一言目に出したフリーディアの条件を耳にした途端、テミスは薄い笑みを浮かべて吐き捨てるように息を吐いた。
マリアンヌ自身はともかくとして、彼女自身が言った通り、周囲を取り囲む女神教の連中の信仰心はそこまで厚くないらしい。
その証拠に、フリーディアの提示した条件を耳にした信徒たちの間に、静かなざわめきが広がっている。
「加えて言うと、こちらである程度の調整はしますが、行動は担当の騎士団員のものを優先してもらいます。つまり、騎士団員が警備や任務の際に手の空いている代役が見付からなければ、あなた達もそれに付き合う事になるわね」
「…………」
「けれど、あなた達にも何かしらやりたい事はあるでしょうから……その時は担当の騎士団員に申し出て、同行を要請する事……これなら問題無いでしょう? テミス?」
フフン。と。
一気に語り終えたフリーディアは得意気に微笑むと、その視線をテミスへ向けて確認を取る。
それに対するテミスの答えは、言うまでも無く既に決まっていた。
「ククッ……あぁ。お前達の事務作業が圧倒的に増える事になるがな」
この条件を呑む者など、正面で考え込むように沈黙するマリアンヌを除いて居はしない。
それは、周囲の反応を窺えば一目瞭然だった。
それこそ、サージルのような狂信的な信仰心を持つ教徒であれば、たとえ同室の者が異性であろうが、四六時中監視を付けられようが、汚名を雪ぐ為ならばとでも理由を付けて即座に頷くだろう。
この問いはいわば、フリーディアが用意した妥当な着地点という訳だ。
問答無用で町から追い出すのではなく、かなりの難題を以て身の潔白を証明する場を用意する事で、マリアンヌ達自身に町を去るという選択肢を取らせるのだ。
「むしろ……この条件に頷く奴が居れば……」
そいつらは、限りなく黒であるという事になる。
大した信仰心も持ち合わせていないくせに、こんな人権侵害も甚だしい条件を受け入れるのだ。そこには、自らの自由を犠牲にしてまで求める、何かしらの目的があると見るのが妥当であろう。
つまり、この条件を呑んだ時点で、その連中はそのまま狂信者の容疑者という訳だ。
「さて……舌の根も乾かぬうちに意見を翻して申し訳ないが、どうやら私が間違っていたようだ」
しばらくの沈黙の後、テミスは皮肉気に唇を吊り上げると、マリアンヌだけでなく周囲の女神教徒たちにも視線を向けて、芝居がかった口調で高らかと語り始めた。
「お見事……と言わざるを得んだろう。あれだけ偉そうに意見が変わらぬと宣言しておいてこの体たらく……いやはや恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたいとはまさにこの事だ」
「っ……!!」
「テミス……貴女……」
そんなテミスの口上に、フリーディアは引き攣った苦笑いを浮かべて、マリアンヌはピクリと一瞬目を見開いた後、悩まし気に空の丼へと視線を向けて顔を伏せる。
だが、テミスは興が乗ったとでも言わんばかりに言葉を続け、しまいには身振りまで加えて口上を紡ぎ続けた。
「我が底抜けにお人好しな同胞の気質を知ってか知らずか……よもやこの私が、断固として決めた意見を翻す事になるとは。まさに前代未聞。世界の広さをこの身に染みて痛感している所だ」
「っ……!! 何がお人好しだよ……」
「全くだわ……あんな理不尽な条件なんて……」
しばらく続くテミスの一人芝居に、周囲の女神教徒たちの間から苛立ちめいた不満が漏れ始めた頃。
テミスは突如として言葉と動きを止め、再びマリアンヌを見据えて口を開く。
「さてマリアンヌ殿? 申し訳ないが我々も暇な身の上では無くてね。よろしければ早急に答えをお聞きしたいのですが?」
「っ……!! 申し訳ありません」
「……?」
「その問いに私一人の判断で、この場で答える事はできません。それに、今お部屋を借りている宿の事もあります。ですのでどうか一度……皆で話し合う時間を頂けませんでしょうか?」
「ククッ……」
熟考の末紡がれたマリアンヌの答えに、テミスは小さく喉を鳴らして笑みを深めた。
マリアンヌを見ていれば、今この場で独断を以て信徒たちの尊厳を左右しかねない決断ができない事などわかっている。
だが、この返答を以って完全にマリアンヌ達は、判断を乞う立場から選択する立場へと立たされたのだ。
「仕方がない。……ならば、日暮れまで待とう。無論、その間も監視の兵を付けることに異存は無いな?」
「はい……ご厚意、感謝いたします。どうか女神様の――」
「――祝福なぞ要らんよ。馬鹿馬鹿しい。フリーディア。手配を頼む」
テミスは、首を垂れ、祈るように感謝を告げるマリアンヌの言葉を断ち切ると、一つ鼻を鳴らして店の中へと歩いて行ったのだった。




