687話 真実とセイギ
「まずは一つ……」
テミスが説明を促すと、マリアンヌは小さく頷いた後、真剣な表情で人差し指を一本立てて口火を切った。
「テミスさん達が誤解されているであろうことを、正したく思います」
「誤解……だと?」
「はい。お察しするに、テミスさん達は私達女神教の全員が、魔族と関わったものと見れば排斥する危険な集団だ……と見ていらっしゃいますね?」
「っ……!!」
「ああ。その通りだ」
「ちょっと……テミスッ!! 貴女ねぇ!!言い方ってものを考えなさいよ!」
テミスが事も無げにマリアンヌの言葉を肯定すると、隣に腰掛けるフリーディアが、焦りと驚きに目を見開いて口を挟む。
しかし……。
「良いのです。現状を率直に言っていただいた方が、私達も有難いですから」
「そうだぞ、フリーディア。どう取り繕おうと、我々が女神教を危険視している事実は変わらない。ならば下手に話を濁して誤解や軋轢を生むよりも、率直に告げてしまった方が話が早い」
「でも、受け取り方も印象もまるで違うわ! もっと、双方の気分を害さない言い方というものが――」
「――マリアンヌ。問おう。お前は今、腹の探り合いをしに来たのか?」
マリアンヌが容認して尚、食い下がるフリーディアの言葉を制し、テミスは真正面からマリアンヌの瞳を見据えて問いかけた。
確かに、フリーディアの言う事も一理ある。だがしかし、それはあくまで交渉や謀略の席での話で、この町から排斥されんとしている女神教の弁明の場であるこの場には相応しくないのだ。
「いいえ。ですので、私も率直に申し上げます。我々一般の女神教徒の信仰心を、使徒様方……サージル様達のものと同じだと思われては困るのです」
「フムン? 額面通り言葉を受け取るのならば……お前は今、自らの信ずる教義に唾を吐いたことになると思うが?」
「っ……!! そう取って頂いて……構いません……!!」
意地の悪い笑みと共投げかけられたテミスの問いに、胸元で自らの拳を固く握り締めたマリアンヌが力強く答えると、周囲で聞き耳を立てていた彼女の仲間達の間に動揺が走る。
しかし、それも無理のない話で。
女神教の教義など知った事では無いが、己と志を共にしていた上司が、目の前で手のひらを返したのだから。
「先程も申し上げた通り、魔の者は憎むべきものだという心に変わりはありません。ですが、それは私達人間の心にも存在します。故に、魔族全てを魔なる者と捉える考え方を、私をはじめとする多くの女神教徒の者達は持っていないのです」
「そうか。そうだろうな……。否、そうでなくてはおかしい」
「え……?」
「だからどうした?」
迫真の表情で告げたマリアンヌの言葉に、テミスはただ淡々と言葉を返した。
かつてあの世界でも、一つの宗教の中に多くの宗派が存在したように、同じ教義を掲げる集団であっても、その仔細が異なる事など当たり前だ。
むしろ、信仰に個々人の感情や事情が含まれない、もしくは介在する余地の無いものは宗教というよりも洗脳と呼ぶべきだろう。
故に。
女神教というあの忌々しい女神を崇め奉る連中が、まともな宗教であることが判明したのは僥倖ではあるが、その情報は彼女たちの安全を担保するものでは決して無い。
「口では何とでも言えるものだ。お前もサージルの事を知っているのならば理解できるはずだ。サージルならば、悪しき我々を誅する為に、教義に唾を吐きかける程度の事ならば平然とやってのけると」
「っ……!!」
そう告げたテミスの口調はひたすらに平坦で、ただテミスの目に映る事実を突きつけられたマリアンヌは、唇を噛み締めて黙り込む事しかできなかった。
仮にマリアンヌたちの言葉が真実であったとしても、それを証明する方法をマリアンヌたちは持っていない。
いくらマリアンヌ達が真摯に言葉を尽くして語ったとしても、手段を択ばず自らの宗教上の悪である者を滅ぼす実例が存在する以上、テミス達にとってはただの言葉以上の価値を持たないのだ。
真摯に言葉を尽くして潔白を語るこの態度こそ、仇敵たる我々の懐へ潜り込むための計略であるかもしれないのだから。
「情報には感謝する。だが決定に変わりは無い。危険分子であるお前達には、即刻この町を――」
「――待ってテミス」
最早これ以上の会話に意味は無い。
そう断じたテミスが、話を打ち切ろうとした瞬間だった。
テミスの隣で、大きく息を吸い込んだフリーディアが、静かにテミスの言葉を制した。
「私は、マリアンヌさんたちの事を信じたい」
「黙れ。この件については口を挟むのは越権行為だぞフリーディア。お前達白翼騎士団に任せたのはあくまでも町の治安維持の一端だ」
「えぇ……そうよ。私達にはこの町と、この町で暮らす罪無き人々をを護るという任務がある。だからこそ、私達白翼騎士団の責任の下で、マリアンヌさん達には潔白を証明してもらうわ」
「馬鹿な……そんな方法などある訳が……」
「あるわよ。ただし、マリアンヌさん達にも相応の覚悟が要ると思うけれど」
ニヤリ。と。
言い淀んだテミスの言葉に、フリーディアは自信を満ちた微笑みと共に言葉を返すと、その視線を意味ありげに細めて、チラリとマリアンヌ達へ向けたのだった。




