63話 陣中講義
「噂に違わぬ勇猛っぷり、流石だなテミス。何にしても助かったよ」
「気にするなルギウス、君が無事で何よりだ。遅くなってすまないな」
どこか穏やかな気配の漂う本陣の中に、二人の軍団長の声が響いた。戦況は今や五分、テミス達が南部戦線を押し返してからというもの、人間達は十三軍団が戦場に現れる度に撤退を繰り返し、無為な消耗を続けていた。
「だが……妙だとは思わんか?」
「ああ。攻められている我々が遅滞戦闘を行うのであれば理解できるが、何故攻めている人間達が我々を押し留めるような真似を……?」
頭を捻らせて呻きながら、テミスは周囲の状況を眺めた。敗走寸前の状況から五分まで持ち直したのだ、気持ちは解らなくも無いが未だに圧倒的兵数の差は変わっていないと言うのに、少し楽観的過ぎやしないか?
「それにしても、凄まじい威力だな。まさかあんな魔法を隠し持っているとは。サテライト・オーバーレイ……だったか?」
「ああ。まぁ……な」
包帯だらけながらも、気持ちの良い笑顔を浮かべて問いかけるルギウスにテミスは口調を濁して視線を逸らす。ただでさえ見せる予定の無かった技なのだ。できれば詳細は伏せておきたいのだが……。
「サテライト・オーバーレイ……語感からして古代魔法でしょうか? 少なくとも、私が知っている魔法の中に、あんな超威力の魔法はありません」
ルギウスの傍らで呟きながら首をかしげたシャーロットが、興味深げな眼でこちらを見ている。自己紹介の時に魔導剣士だと言っていたが、やはり魔法の知識に貪欲なのだろうか。
「あ~……まぁ、似たような物だ」
「凄いです! テミス様はどちらかと言うと剣で戦われるイメージがありましたので……ルギウス様ッ!」
「あ~……そうだね」
目をキラキラさせたシャーロットがルギウスへと向き直ると、苦笑いを浮かべたルギウスが頬を掻きながら口を開いた。
「こんな時に何なんだけど、この戦いが終わったらシャルに魔法を教えてやってくれないかな? もちろん、手すきの時で構わない」
「フム……」
「ぜっ……ぜひお願いしますっ!」
眉根を顰めたテミスが喉を鳴らすと、追い打ちをかけるかのように仔犬のような目でシャーロットが懇願してくる。前線で何をと誤魔化すつもりだったのだが……。どうも外堀から埋められて行っている気がするな……。
「考えておこう。それよりも、まずはこの戦いを切り抜けなくては」
「……はい。そうですよね……」
「…………テミス様……」
「っ……~~~~!」
結局。無難に返答を返したのだが、当のシャーロットは目に見えてしょぼくれてしまった。そのせいで何故か控えているマグヌスも苦言を呈しているし、心なしか周囲の視線も痛い気がする。ハッキリ言おう。面倒くさい……苦手なタイプだと。
「ハァ……解った解った。私の扱う魔法は少しばかり特殊でな……恐らく他の者には再現できん」
とうとういたたまれなくなったテミスは、深いため息とともに白旗をあげて口を開いた。戦闘中に士気を下げられては堪ったものでは無いし、個人的感情で後ろから刺されるなど断じて御免だ。そう、自分に言い聞かせながら。
「サテライト・オーバーレイは自身の魔力で太陽光を凝縮し、撃ち出すものだ。詳しい内容は省くが、今はこれで満足してくれ」
「太陽光を……すごい……」
肝心な部分の説明は避け、口を噤んだテミスの呆れ顔に対し、目当ての知識の一端に触れたシャーロットの顔はまさに太陽のように輝いていた。そもそも、能力で再現している魔法の発動プロセスなど私は知らんし、その過程を説明なんてできる訳が無い。
「話を戻そう。それでこの動き……どう見る?」
「感謝するよ、テミス。そうだな……」
優し気な笑みを浮かべて喉を低く鳴らしたルギウスが、その形の良い顎に手を当てて唇を結んだ。
「何か別の作戦の陽動か……もしくは何かを……待ってる? ……まさかっ!」
跳ねるように顔をあげたルギウスの目がテミスの顔へと釘付けになる。その目は落雷にでも打たれかのように見開かれていた。そして、ルギウスはかすれた声でゆっくりと口を開いた。
「奴等の動きが変わったのは君達が来てから……まさかとは思うが……目的は……」
「失礼いたしますッ!! 軍団長様方ッ!」
ルギウスの口が続きを紡ごうとした瞬間。けたたましい声と共に第五軍団の伝令が本陣へと駆けこんで来る。
「どうしたっ?」
駆け込んできた兵士は、一瞬ルギウスへと目配せした後、立ち上がったテミスの前で敬礼して声を張り上げた。
「報告いたします! 戦線中央部に白翼騎士団が出現! このままでは戦線が喰い破られますッ!!」
「…………ついに来たかッ!!」
密かに拳を握り締めたテミスの呟きが、陣内に広がり始めた不安気なざわめきの狭間に飲み込まれて消えていった。




