683話 舞い込む疑念
「ふっ……くっ……うゥッ……」
詰所の中庭の真ん中で、テミスは剣を構えて目を瞑り、意識を集中して力を籠めていた。
すると、テミスの構えた漆黒の大剣は次第に光を帯び始め、真昼だというのに辺りを照らし出す程に輝き始める。
そして、辺りを照らす光が目を覆うほどになった頃。
「クッ……!!」
バシュゥッ! と。
弾けるような音と共に、剣へと収束していたエネルギーが周囲へと解き放たれ、暴風が吹き荒れる。
「駄目だね。周囲に流れ出る力がまだ多過ぎる」
「ハッ……ハッ……ゼェッ……」
「それに、闘気の収束に時間がかかりすぎよ。テミス……炸裂するのが怖いのはわかるけれど、そこも同時に改善した方が良いわ。変な癖がついてからでは遅いもの」
吹き荒れていた暴風が止まると、その様子を傍らで眺めていたルギウスとフリーディアが、肩で息をするテミスの元へ歩み寄り、口々に問題を提起する。
しかし、極限まで集中していたテミスはすぐに言葉を返す事ができず、荒い息を吐きながらただ二人の言葉に耳を傾けていた。
「そうだね……君の場合は特に、流し込む闘気の量が異様に多い。その分制御するのは難しいだろうけれど、会得すれば大きな力になるのは間違いないよ」
「いっその事、炸裂する覚悟で一気に流し込めばいいのよ。そうやって怖くて痛い思いをすれば、覚えるのも早いわ?」
「フッ……ハァッ……ゴホッ……」
毎度の事だが……二人共とんでもない事を好き勝手言ってくれるものだ。
頭の片隅でそんな事を考えながら、テミスは焼け焦げるような痛みを発する喉で、無理矢理生唾を飲み下した。
ルギウスに相談を持ち掛けてから数日。
ある程度剣に闘気を纏わせる事はできるようになったものの、修行の進捗として順調だとは言い難かった。
加えて、時間は午前中の間のみに短縮されたものの、フリーディアの強い主張によって座学は続けられている。
「待つんだフリーディア君。テミスの力は強すぎる。こんな所で無暗に力を炸裂させては危険だよ」
「ん~……それもそうね。けれど、今の速度では戦いに使う事なんて到底できないわ。せめて一呼吸か二呼吸……魔法の詠唱よりも早くないと」
「その意見には同意するよ。だからこそ慎重に……少しづつ闘気の流れを制御するコツを掴むべきだよ」
「ハッ……ハ……フゥ~……。それで? 私はどちらの指示に従えば良いんだ?」
テミスは数十秒かけてようやく息を整えると、本人の事などそっちのけで議論を交わす二人へと視線を向けた。
教師役が増えるのは、教えを乞う側であるテミスとしては歓迎なのだが、こうして度々その方針が真っ向からぶつかり合っているのを見ると、どうしても口を挟みたくなってしまう。
「そうだな、私としては――」
「――テミスは少し黙ってて!!」 「――テミスは少し静かにしていてくれないか?」
だが、こうして少しでも口を挟もうとしようものなら、真っ向から意見の対立している筈の二人から、声を合わせて『待て』の指示が飛んでくるのだ。
「ハァ……」
テミスは指示だけ出して、再び議論へ戻っていく二人を尻目にため息を吐くと、ゆっくりとした足取りで側を離れながらため息を吐く。
この光景もまた、ここ数日で日常と化したいつもの事なのだが、当事者であるはずのテミスとしては、少しくらい自分の意見を取り入れてもいいのではないかと思ってしまう。
いつもであればテミスはこの時間を利用して休憩を取るのだが、今日はその時間を待ち構えている者達が居た。
「どうした? 珍しいじゃないか、二人共雁首を揃えて」
「ハッ……申し訳ありませんテミス様。どうしてもこれは、お耳に入れておくべきかと」
「お時間は……今でも大丈夫なのですか?」
ルギウス達の元から離れるテミスに歩み寄ってきたのは、カルヴァスとマグヌスだった。
マグヌスは眉根を深く寄せた深刻な表情でテミスを見据え、カルヴァスは議論を続けるフリーディア達へ遠慮がちな視線を向けながら頭を下げる。
「構わん。どうせあと一時間くらいはあの調子だろう。何があった?」
「ハッ……ここ数日、この町に女神教を名乗る者達が訪れておりまして」
「ッ……!!! 女神教だと!?」
マグヌスがテミスの問いかけに従って報告を始めた瞬間。即座にテミスの目が鋭いく細められた。
女神教といえば、かつてその狂った思想の元にアストライア聖国なる国を立ち上げ、テミスとフリーディアは一連の事柄の元凶であるサージルを、悪と断じて討ち取っている。
「っ……! お待ちください。彼の者たちについての認識は我々も同じです。故に、我等白翼騎士団から人員を割き監視を付けておりました。ですが報告では、教義を語り歩いてはいるものの特に問題を起こしてはおらず、むしろ率先して人助けをしているとの事です」
「フム……人助け……。だが、捨て置くにしては連中は些か危険過ぎるな……」
テミスは、マグヌスの言葉を引き継ぐようにして、進み出たカルヴァスの報告を聞くと、考え込むように腕を組んで、小さく息を漏らしたのだった。




