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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第14章

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682話 救いの光

 少女にとって、その男との邂逅はまさに運命の分かれ目だった。

 過去を捨て、ただ逃げ続けるだけの日々。

 盗み。奪い。殺し。生きるためならば何でもやった。

 そんな、野良犬のような名も無き少女がこの場所に住み着いていたのはただの偶然だ。


「うっ……」

「…………」


 だからこそ、住処に侵入されたなどという感覚は無かった。

 まるで地面から湧いて出たかのように。気付けば床の上で呻いていた男を、少女は冷ややかな瞳で見下ろしていた。

 突如として現れた男の身なりは酷く、身に着けていた元は甲冑であったであろう物は、焼け焦げた残骸へと成り果てている。

 故にただの気まぐれ。

 誰からも見放された自分と、誰からも見棄てられたこの地へ流れ着き苦しむ男。何か感ずることが無いと言えば嘘になる。

 けれど、男を助けた気紛れが、名も無き盗賊であった少女にとって、大きな転機であったのは間違いないだろう。


「僕の名はサージル。悪しき者を誅する女神の使徒にして勇者だ」

「…………」


 数日後。

 少女の住処で意識を取り戻したサージルに抱いた感情は憐憫と後悔だった。

 正気を失い、妄言を口にする連中は、ヒトとして生きる資格を失った自分達の周りには珍しくは無い。

 こんな事ならば、さっさと殺しておくべきだったか。

 早急にそう断じた少女が、錆びかけたナイフに手を伸ばした時。


「止せ。僕は敵ではない」

「――っ!?」


 男は信じられない程の速さで動くと、少女の手がナイフの柄へと辿り着く前にそれを奪い去っていた。

 そして、静かな微笑みを浮かべて言葉を続ける。


「君の名を聞こう。褒美を与える相手の名を知らないなんて、勇者の名折れだからね」

「……無い」

「え……?」

「名前なんて無いよ。それで? アンタはアタシをどうするつもり?」


 少女はボソリと呟くようにサージルの問いに答えた後、不貞腐れたようにその顔を睨み付ける。

 自らの持つ武器を奪われただけではなく、驚異的なあの速さと身のこなし。到底勝てる相手ではない事を、少女は既に理解していた。

 それは奪い、奪われる世界で生きてきたが故の思考だった。


「言ったはずだ。褒美をあげよう……と。けれど名前が無いのなら……そうだな……」

「ふぅん……金を持っているようには見えないけれど?」

「カレン。君の名前だ。これからはそう名乗ると良い」

「どうでもいい。名前なんて必要無いし」


 サージルの言葉に少女は鼻を鳴らすと、苛立ちを隠さずに背を向けた。

 名前なんてものがあった所で、この廃墟をねぐらとし、独りで生きる少女には無用の長物なのだ。


「そんな事は無い。名前があれば、これから僕が君をどう呼べば困らずに済む」

「ハイハイ。なら有難く頂戴しとくよ。カレンでも何でも好きに呼ぶと良いさ。居付くのは構わないけれど、アタシに迷惑はかけないでよね? あと、自分の食い扶持は自分で稼ぎな」

「フフ……」


 柔らかな笑みを浮かべるサージルに少女は乱雑に言葉を返すと、外へと続く通路へ向けて足を踏み出した。

 こんな不気味で強い奴が近くに居つくなんて堪ったものじゃない。居心地の良かったこの場所を棄てるのは名残惜しいけれど、命を拾ったと思えば儲けモンだ。

 この時。少女にはもう、この場所へ戻るつもりなど微塵も無かった。

 けれど……。


「話はまだ終わっていないよ」

「っ……!!!」


 ぞわり。と。

 サージルが静かにそう告げた瞬間。少女の前身に悪寒が走り、足が地面に縫い留められたかのようにピタリと止まる。

 そんな少女の前へ回り込むように、サージルはその顔に笑顔を湛えたままゆっくりと歩き出す。


「言ったはずだ。褒美をあげようと」

「っ……そんなモノ……」

「力だよ。カレン(・・・)


 囁くように、サージルは少女の耳元でそう告げると、カツンと足音を立てて少女の正面に立つ。

 そして、恐怖に震える少女の顎を持ち上げて、目線を合わせるようにしてその瞳の奥を覗き込む。


「我等が創造主たる天上の神々の御力さ。カレン(・・・)。君は選ばれたんだ。偉大なる神々に仕える資格があると……」

「あ……あ……ぁぁ……」


 サージルが言葉を紡ぐ度に、少女の身体はブルブルと震え、この世の全てを諦めていたかのごとく濁っていた少女の瞳が澄み渡っていく。


「さぁ……。その偉大なる御心を感じて、いと清らかな方々に尽くす事のできる喜びに浴すがいい」


 そして、少女の瞳を満たすように煌々とした生の光が灯った瞬間。

 サージルはカレンの身体から手を離すと、脱力して崩れ落ちる彼女を歯牙にもかけず、不敵な笑みを浮かべて嘯いたのだった。

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