680話 意志の力
「では……はじめるとしようか」
「っ……頼む」
テミスの頼みを引き受けたルギウスは町の外へと場所を移すと、にっこりと微笑んで振り返った。
しかし、テミスの顔色が優れず、何処か警戒するような視線をルギウスに注いでいる。
今回は、つい先日町の外で演習をした結果、襲撃を受けている事を加味したのか、足を延ばしたのはファントの町からほど近い草原だ。
「まずは……もう一度確認だよ、テミス。君がまず扱いたいのはフリーディア君が使っていた月光斬。刀身に込めた闘気で模った斬撃を、魔力を以て射出する技で合っているかな?」
「あぁ……間違いない」
「よし。ではまず見本を見せようか……少し下がっていて」
テミスの答えにルギウスはコクリと頷くと、腰の剣をスラリと抜いて高々と構える。
そして、ルギウスの言葉に従ったテミスが退いたのを確認してから、静かに目を瞑って意識を集中した。
「ハァァァァァァァァッッッッ!!! ……クッ!!」
それに呼応するかのように、天高く構えたルギウスの剣が輝き始め、その刀身にみるみるうちに力が集中していく。
「ここ……からッ……!!! セェッ!!!」
直後。
固く歯を食いしばったルギウスが言葉を漏らし、気合と共に天空へ向けて剣を振るう。
すると、その弓なりに描かれた軌跡は斬撃と化し、遥か彼方へと闘気で模られた斬撃が飛び去って行く。
「っ……!! フゥ……こんな感じかな?」
「流石ルギウスだな……言葉も無い」
「はは……止してくれ」
残心を解き、軽く息を吐くルギウスにテミスは目を丸くして称賛を送った。
あのフリーディアでさえ、この形の月光斬を編み出すのにはかなりの時間がかかったはずだ。
だというのに、この目の前の男は、技の原理と仕組みを聞いただけで、いとも簡単に再現してみせたのだ。
「本当に凄いのはフリーディア君だよ。僕のやり方が悪いのかもしれないけれど……この技、かなり消耗が激しいね。僕でこれなのだから、人間の身で扱えるように工夫するのは並大抵の努力では無かっただろう」
「そう……か……」
キン。と
軽快な音と共に鞘に剣を収めながら、手放しにフリーディアを褒めるルギウスの言葉に、テミスは何処か居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
確かに、この技は借り物だ。
能力を使って再現したに過ぎない私が、その過程である努力など持ち得るはずも無い。
なのに何だ……この悔しさと敗北感は……。
テミスは無意識に拳を握り締めると、胸の内に沸き出るどろりとした感情を押し込める。
「悔しいかい?」
「っ……!!! いや……」
「フフ……そうかな? 僕の目には、悔しくて悔しくて堪らない……という感じに見えたけど」
そんなテミスの顔を覗き込むようにして、柔らかな笑みを浮かべたルギウスが、その内心を透かすかの如く語り掛けた。
瞬間。恥辱と怒りで瞬時に顔を上気させたテミスは、獣のような俊敏さで飛び下がり怒りと共にその内心をぶちまける。
「ああ!! 悔しいとも!! お前には何も無いのだ……と再び突き付けられたような気がしてなァッ!!」
「でも……君は今、それを埋めようとしているのだろう? 恥じる事は何もない」
「クッ……!! 趣味が悪いぞルギウス! お前はいつも、そうやって何もかもを解ったような顔をして人を揶揄うんだ!!」
「誤解だよ……揶揄うつもりなんてないさ」
しかし、怒りの声をあげながらも、テミスは荒々しい足取りでルギウスの元へ戻ると、まだ頬に赤みの残る顔で、柔らかに微笑むルギウスを睨みつけるように視線を上げる。
そして、背負った剣をゆっくりと抜き、横合いに構えて口を開いた。
「それで……私は何をすればいい?」
「まずは闘気を刀身に込める所からだ。素振りを――」
「――っ!!!」
「……って違う違う。マグヌスと素振りをした時の事を思い出してみて」
余程、トラウマになっているのだろう。
素振りという単語が出た途端、今にも構えた剣の切先を向けかねない剣幕で睨み付けたテミスに、ルギウスは苦笑いを浮かべて言葉を続けた。
「闘気とは魂の力……即ち、意志の力だ。素振りをしている時に感じなかったかい? 今にも倒れてしまいそうだというのに、身体が軽くなった瞬間を」
「っ……!! だがあれは……」
「それは、君が体を動かし続けたいと強く願ったからさ。その感覚を突き詰めた先……意志の力を自在に操る事こそが、闘気を操るという事なのさ」
テミスの反論を無視したルギウスが高らかに語り終えると、テミスは苦虫を嚙み潰したような顔で改めて前へと向き直る。
それと同時に、テミスの背後に立つ形となったルギウスの手が優しくテミスの方へ置かれた。
「想像するんだ。君の内から湧き出る力が、この腕を通り、君の持つ剣へ流れ込むのを。鋭く、強く、如何なる悪をも切り裂く君の刃を」
「私の……刃……っ!! ぐ……く……」
有無を言わさず、耳元で囁くように紡がれるルギウスの言葉に、テミスは渋々ながらも目を瞑ると、導かれるようにしてイメージを思い描いていく。
湧き出る力……心臓から溢れる私の意志が刃となり、剣を形作る……。
「む……あぐッ……!?」
バチィッ!! と。
全身全霊を込めて意識を集中していたテミスの手を、爆発のような激しい衝撃が襲い掛かった。
その衝撃はあまりに強く、テミスの手に握られていた筈の漆黒の大剣は弾かれ、ドサリという音と共に地面へと転がる。
「今……のは……?」
「っ……!! そう。今のが闘気の力。後はそれを上手く研ぎ澄まして、剣に留められるくらいに操れるようになるだけだね」
自らを襲った衝撃に、テミスは剣を拾い上げるのも忘れて、思わずルギウスを振り返って見上げる。
そんなテミスに、ルギウスは小さく息を呑んだ後、穏やかな笑みを浮かべて微笑んだのだった。




