62話 反転攻勢
「中隊各位。我々が纏まっていたのでは意味がない。散会して前線を押し戻せ。第二中隊は右翼。第三中隊は左翼に展開。我々だけでこの戦況をひっくり返すぞ!」
「っ……ハッ!」
テミスの号令と共に、各部隊の面々が指示通りに散会していく。しかし、その引きつった顔はとても援護に来た部隊の兵士には見えなかった。
「やれやれ……臆病な連中だ。マグヌス!サキュド!」
「ハッ!」
押し寄せる人間軍の兵士たちを半眼で眺めながら、テミスは次なる命令を下す。確かに、いかに濃厚な訓練で結果を出しても、実戦ではまた勝手が違うだろう。せっかく苦労して戦闘面・思考面の両面から育てた兵を失いたくはない。
「お前達はそれぞれ各小体を率いてそれぞれ左右寄りに展開しろ」
「テミス様!? 無茶です! いくら御身でもこの量の正面戦力を単騎で相手されるのは無謀かとッ……」
マグヌスが腰の剣を抜き放ちながらしどろもどろに進言する。すでに敵の軍勢は目と鼻の先。ここで迷っていては勝てるものも勝てなくなってしまう。
「世話の焼ける奴め……命令に変更は無いッ!」
「テミス様ァッ!!」
進言するマグヌスに一喝した後、返答を待たずにテミスは人間の群れへと一直線に突撃する。その背中を、マグヌスの悲痛な叫び声が追い縋るが、時は既に遅かった。
「地よ叫べ。脈動し、怒り、その咆哮を我が刃と為せッ!」
真正面から殺到する人間達へと突っ込んだテミスは、ブラックアダマンタイトの甲冑で突き出される攻撃を全て弾きながら、言霊を詠唱した。広範囲を一気に殲滅するのならもっと効率の良い方法はあるが、仲間を巻き込んでは話にならない。ならば魔族のみが助かって、人間だけを潰せる……かつ士気を高めるようなパフォーマンス性も兼ねた一撃などこれしかない。
「ガイア・ヘイヴンッ!!」
能力を発動させ、抜き放った漆黒の大剣を地面へと突き立てる。同時に、四方から敵兵の剣が振り下ろされるが、唯一露出した頭を両腕の下へと潜り込ませて回避する。
「全軍に告ぐッ! 飛行術式を展開せよッ!!」
突如鳴り響き始めた地鳴りと共に、魔法で拡声されたテミスの声が戦場に響き渡る。次の瞬間。テミスが突き立てた大剣から放たれたかのように、次々と勢い良く地面が隆起して消失する。
「チィッ……雑魚とはいえ流石に数が多すぎたか……」
突然空中に投げ出された兵士たちの、驚きと絶望の悲鳴が沸き起こる中で、自らも空中に投げ出されたままテミスは歯噛みする。ざっと見渡した感じでは最高到達地点はせいぜいビルの四階程度。本来の威力の半分ほどしか出ていなかった。ここから落下したとしても致命傷を与えるには程遠い。
「邪魔だっ!」
空中で体勢を立て直したテミスは、苛立ち紛れに大剣を薙ぎ払い、自らの周囲で共に地面へと落下していく人間兵をまとめて切り捨てる。上を見上げれば、ボロボロに傷付いた魔王軍の兵士たちが辛うじて空に留まっていた。
「ええい……数が多すぎる……これでは月光斬でもどこまで抜けるか……」
飛散した血液と共に地面に着地したテミスは、膂力に任せて地面を蹴り飛ばす。その結果として、弾丸のような速度で射出されたテミスの体は、雨のように降り注ぐ人間兵の下を潜り抜ける形で更に前へと進み出た。
「総員! テミス様に続けェ!!」
「アハッ! 雑魚もこれだけ量が居るとなかなか歯ごたえがあるわぁっ!」
同時に後ろから、割れるような雄叫びと共に戦闘の音と断末魔の悲鳴がが激化する。一応あの程度でも士気を高める事には成功したようだが……。
「ったく……この戦線だけで何人つぎ込んでいるんだ」
人間の雨が降り注ぐ中ほどで立ち止まったテミスは、開けた前方を眺めて溜め息を吐いた。そこにはまだ、雲霞の如く押し寄せる武装した人間達の姿があった。
「仕方がない。一つ切り札を切るとしよう」
いくら転生者の力と言えども、今までの戦闘で使ってきた技ではこの規模に対応できるかはわからない。万が一にでも下手に威力が削がれることになれば、それを勝機と見た人間軍が更なる攻勢に出る恐れもある。
「我。束ねしは天上の理。其は等しく降り注ぐ慈愛の光にして、全てを滅ぼす破滅の閃光なり」
早々に手段を決めたテミスは大剣を空に掲げて再び詠唱を開始する。圧倒的な一撃で怯ませれば、この戦闘も意外に早く決着がつくかもしれない。
「わざわざ無理に前線を押し上げたんだ。巻き込まれる間抜けは居てくれるなよ?」
詠唱と共に大剣の先に眩い光が収束し、太陽のような光を放ち始める。片目を瞑ったテミスはぼやくように呟きながら、それをゆっくりと肩越しに構えて人間達に向け、詠唱の最終節を結んだ。
「我。慈愛の焔を以て全ての敵を焼き滅ぼさん! サテライト・オーバーレイ!!」
ピシュンッ……と。テミスが叫ぶと同時に、どこか気の抜けた音が戦場に鳴り響く。同時に、テミスの持つ大剣から射出された白い光の奔流が兵士たちを貫いて次々と焼き焦がしていく。
「せぇぇぇぇいっっっ!!」
烈破の気合と共に、光を射出し続けるテミスの大剣が真横へと振るわれ、その前方を扇状に焼き払う。そして、一瞬の静寂の後。テミスの前方では阿鼻叫喚の悲鳴と共に、巨大な炎が壁のように立ちはだかった。
「……フン。こんな所で使う気は無かったんだがな」
そう呟きながら、テミスは次々と降下してくるボロボロの魔族たちに目を向ける。この炎では追撃は無理だろうし、できる事は……。
「諸君。害虫共がこれ以上巣穴から湧き出てくる事は無い。存分に残敵を掃討せよ!」
テミスの号令に併せて、炎の壁のこちら側では勝利を喜ぶ雄叫びが沸き上がったのだった。




