幕間 姉の覚悟
……どうして、私は無力なのだろう。
「ハァ……」
ロンヴァルディアと魔王軍との戦いが終わり、ファントに平穏な日常が戻り始めたある日の昼下がり。アリーシャは手にした盆をコトリと置いてため息を吐く。
この町の命運を決する戦いは終わった。町の人たちはみんな喜んでいるし、ウチを訪れるお客さんも増えた。
「っ……!!」
ぎしり。と。
アリーシャは胸を引き裂いてしまいそうな思いを堪え、固く歯を食いしばり、給仕服の裾を握り締める。
でも……テミスはまたボロボロになった。
傷付いて疲れ果てて。見るのも辛い程の大怪我を負ってテミスは……私の妹はこの町を護り通したんだ。
「なら……私は……?」
小さな声で呟きを漏らし、その声の弱々しさに自分自身で驚いた。
姉だの何だのと言っておきながら、私はテミスに何もしてあげられていない。ただテミスの優しさに甘えて護って貰っているばっかりで私は……。
「痛かったよね……? 辛かったよね……?」
震え声で言葉を紡ぐと涙が溢れ、その場にしゃがみ込んでしまいそうになる。
あんなに傷だらけになって痛くないはずが無い。あんなに可愛く笑って、私と一緒に配膳している筈なのに……テミスだけが血だらけになって戦っている。
その事実が、アリーシャの心をどうしようもなく締め付けていた。
何故、私には戦う力が無いのだろう? サキュドさんやマグヌスさんみたいに戦えるのなら、テミスと一緒に戦う事ができるのに……。
「……違う」
長い沈黙の後。
アリーシャは突如目を見開いてその両手で顔を覆うと、全身をぶるぶると振るわせて言葉を零す。
私はただ、考えないようにしていただけ。
戦う力が無いから? マグヌスさんみたいに力が強くないから? サキュドさんみたいに魔法が使えないから?
……違う。
現に今、テミスの隣には居るじゃない。
アリーシャの脳裏に輝くように舞う金の髪が過り、彼女の心を灼き尽くしていく。
私と同じ人間の身でありながら、テミスと一緒に肩を並べて戦っている人が。
「っ……!!! 私……だって……ッ!!!」
私にだってできる。やってみせる。
どんなに辛い訓練でも耐え抜いてみせる。だって私は……テミスの『お姉さん』なんだからッ!!!
歯を食いしばったアリーシャは、力を込めて涙を拭い去ると身に着けていたエプロンを外して傍らに置いた。
そして、その瞳に胸を焦がす覚悟を宿して店を飛び出していったのだった。




