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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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668話 月下の救い

「ぐっ……ウッ……ふぐッ……あ……ァッ……」


 数時間後。

 テミス達が後にした病室には、フリーディアの苦悶の吐息が響き渡っていた。

 まるで、赤熱する鉄塊を押し付けられているかのような苦痛と、柔羽で皮膚を撫でるかの如きくすぐったさが綯い交ぜとなった感覚が、フリーディアの全身を駆け巡っている。


「ひぐッ……ア……うぁ……」


 だが、そんな地獄のような苦痛の中にあっても、フリーディアは一瞬たりとも気を抜く事が許されない。

 胸の奥底から湧いてくる虚脱感に屈して気を抜いたが最後、フリーディアは命を落とすのだ。それが嫌ならば、ひたすらに意識を保ち続け、常に体内の魔力に集中して増幅するしかない。

 それこそが、フリーディアの命を繋ぐため、イルンジュが施した治療の術式だった。


「ハ……がっ……アア……アアアアッッ!!!」


 遂には、苦悶の吐息は苦痛の絶叫へと変わり果て、フリーディアはピクリとも動かぬ自らの身体でベッドの上をのた打ち回る。

 痛い。痒い。苦しい。擽ったい。

 辛いだなんて事はわかっていた。私の受けた傷は致命傷。それでも、私は生きたいと願った。どんな地獄のような苦しみであろうと、耐え抜く覚悟をしていた。

 けれど……。


「ッ……ガハッ……ハァッ……ご……め……」


 永劫にも思える苦痛の中で、フリーディアは訳もわからず謝罪を繰り返す。

 こんなの、耐えられる訳が無い。

 命そのものを、得体のしれないやすりのようなものでガリゴリと削り取られていくかのような感覚に、フリーディアは徐々に己の覚悟が折れていくのを感じた。

 そして。


 ――こんなにも苦しむくらいなら、いっそ……。


 心の端で鎌首をもたげた諦観が、フリーディアを呑み込もうとした瞬間。


「っ……!!」


 がしり。と。

 感覚など疾うに消し飛んだはずの右手が、柔らかな温もりに包まれた。

 それは少しづつ、手首へと広がり、腕を伝って肘へ、肩へと急速に広がっていき、遂には苦痛で苛まれていた筈の全身が、柔らかな温もりで包み込まれる。


「ぅ……ぁ……?」

「っ…………!!!」


 これが、死という感覚なのだろうか?

 突如として訪れた安楽に、フリーディアが涙で霞む目を薄く開くと、月明りで照らし出される病室の中心に横たわる自らの身体が、うっすらと光を放っていた。

 そしてその傍らでは。

 うっすらと柔らかな光を放ちながら、ベッドの上に投げ出されたフリーディアの右手を固く握るテミスの姿があった。


「テ……ミ……?」

「……夢だよ。これは苦痛の果てにお前が見ている、ただの幻覚だ」


 いったいどれくらいの時間絶叫していたのだろう。

 フリーディアが掠れ果てた声で呼びかけると、テミスは優しい微笑みを浮かべて口を開く。


「眠れるのなら眠ってしまうと良い。そして、全てを忘れるんだ」

「……厭」

「…………」


 ぼんやりとした光を発したテミスがそう告げるが、フリーディアは全ての気力を振り絞って僅かに首を横に振る。

 それは、最早震えと称しても良い程に微かな動きだったが、テミスは驚いたように目を丸くした後、困ったような苦笑いを浮かべて沈黙した。


「だっ……て……」


 こんな嬉しい事、忘れられるはずが無い。

 心を蝕んでいた絶望と苦痛は既に消え去り、代わりにテミスへの深い感謝と喜びに満ち溢れている。

 そんな感動すら紡げぬ言葉の代わりに、フリーディアは全ての思いを込めて右手を握り締めた。


「フッ……退屈なだけだぞ? 再生の呪符での回復はそれなりに時間がかかる」


 テミスはそんなフリーディアの手を握り返しながら口を開くと、柔らかな微笑みを浮かべる。

 相も変わらず、馬鹿な女だ。

 この術式は再生の呪符。被術者の魔力を吸い上げ、破壊された肉体を強制的に補修する禁呪だ。呪いは被術者の魔力を際限なく吸い上げ、致命傷であろうと肉体の損傷は必ず治癒させる。

 故に、強大な魔力を持つ魔族の間であっても、禁忌とされる最終手段なのだ。

 そんな施術に、ただの人間であるお前が耐え切れるはずが無いのに。

 お前は未来へつながる可能性が微かでもあるのならば、一直線に突き進んでいく。


「フ……」


 そんなお前だからこそ、私はこうして早々に、自ら架した()を破ったのだろう。

 どこか清々しい思いを感じながら、テミスは自らの能力に意識を向け、フリーディアのものと同調させた自らの魔力を更に流し込んだ。

 だけどお前の……友の命を救うためならば、私はいくらでも禁を犯そう。

 きっと、自らの力のみでは成し遂げ得ぬ奇跡を成す為にこそ、この能力(ちから)は在るのだから。


「……。そうだな……。退屈しのぎに、少しだけ話をしようか。昔話だ……」


 そして、テミスは慈愛に満ちた優し気な視線を空へと向けて静かに口を開いたのだった。

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