667話 密やかな企み
「お前を誤射した連中は、ブライトの命を受けて動いていたようだ。この町に書状を届けたフィーンを襲ったのも連中だそうだ」
「っ……!! そ……そう……」
機器の音だけが反響する静かな部屋に、淡々としたテミスの声が響き渡った。
危うく、ただの見舞いへと流れそうになる雰囲気を断ち切ったテミスは、一同が落ち着きを取り戻したのを確認してから口火を切ったのだ。
「ロンヴァルディアの影。彼等は自身の事をそう称したらしい」
「……っ!」
「影……本当に……そんな人たちが……」
ベッドの上にその身を横たえたフリーディアは、テミスの報告を聞くと悲し気にその顔を歪めて枕に顔を埋めた。
能天気なコイツの事だ、今カルヴァスが僅かに反応を見せた事からも、名前や噂程度を耳にするくらいで、その実態は伏せられていたのだろう。
「フン……」
ならば、連中の目的と出自を伏せたのは正解だったらしい。
聴取を行ったルギウス曰く、彼等は皆貧困街の出であり、ロンヴァルディア中枢の貴族共に、文字通り拾われた身の上だという。
加えて、そんな使い捨てで都合の良い手駒を持つ連中など、あの町には掃いて捨てる程居り、連中はあくまでブライト子飼いの尖兵らしい。
つまり、やれフランコの~だのなんちゃら家の~だのと、それなりの家であれば一家に一台といった具合でそんな連中を飼うほど、ロンヴァルディアの暗部の闇は恐ろしく根が深いようだ。
「連中に下されていた任は盟約の妨害……あの会談での態度からも薄々察してはいたが、ブライト個人はこのファントすらも自らの贅を尽くす糧としたいらしい」
「そんな……あのブライト殿が……」
「フン……」
まるで、汚物に塗れた溝泥でも突き付けられたかのような酷い気分を噛み殺しながら、テミスは言葉を切って悲しみに暮れるフリーディアの様子を窺った。
どんな悪党であろうが、腐っても自らの血縁という事らしい。流石にこの報告を偽りだと否定する程狂ってはいないようだが、悲壮を溢れさせるその様子は、フリーディアが小さくないショックを受けている事を表していた。
「…………」
いっその事、第二の狙いが自身であったと告げてやろうか? 自らの信じていた男が、身内の命をも軽んじる畜生の類であったと知れば、この大馬鹿も少しはまともな思考を始めるかもしれない。
テミスはそんな、突如として胸の中に湧き出た思い付きを堪えて、静かにフリーディアがショックから立ち直るのを待ち続けた。
そう、平時であれば私は嬉々としてこの思い付きに従っていただろう。だが、今のフリーディアは瀕死の重傷を負った怪我人なのだ。いくら私といえど、そこまで鬼畜ではない。
――それに。
「……一日でも早く復帰してもらわねば困るからな」
ボソリ。と。
テミスはこの後に控えた決定を思い描きながら、誰にも聞こえない程に小さな声で呟きを漏らした。
この企みを通すには、余分な心労をかけている余裕など無い。ならば、いずれ知る事実であろうと、今は伏せるのが正解だ。
「……わかったわ。テミス。この件の追及は……あなた達に任せる。……それで?」
しばらくの沈黙の後、フリーディアは全てを呑み下すように大きく頷いた後、静かな声でテミスへと告げた。
そして、まるでこの後に控えている話題があると察しているかのように、テミスの目を見つめて問いかける。
「チッ……まぁいい。そちらの方が話が早いか……。お前達もよく聞いておけ」
そんなフリーディアの態度に、テミスは忌々し気に舌打ちを一つ打った後、その視線を同室しているマグヌスとサキュド、そしてカルヴァスへと順番に向けた。
「先のフリーディアとの戦い……アレを通して私にも少し思う所ができた。故に、今こそお前達を頼らせて貰おうと思う」
「なっ……!」
「っ――!」
「わ、私もか……!?」
大きく息を吸い込んだテミスが枕詞代わりにそう告げると、サキュドとマグヌスは驚きと幸喜に身を強張らせて息を呑み、カルヴァスは驚きと戸惑いを露にする。
「カルヴァス。お前はフリーディアの代わりだ。まずはマグヌス……お前には主に、これまで私が担ってきたこの町における内政の最終判断を任せたい」
「で、ですがッ――」
「――次にサキュド。お前はマグヌスの補佐をしながら、部隊の運営を任せる。警備や歩哨ばかりをさせて練度を落とすなよ?」
「りょ……了解しましたッ!!」
「そしてカルヴァス……」
「っ……!!」
口を開きかけたマグヌスの言葉を遮って、テミスはサキュドに向けて指示を発すると、今度はカルヴァスへと視線を向けて口を開く。
「マグヌスもサキュドも慣れない仕事をこなす事となる。ともすれば、不手際が出る時もあるだろう。だからこそ、同じ町に集う者として手を貸して欲しい……構わないか? フリーディア」
「フ……フリーディア様……?」
そう言い切った後、テミスは戸惑うカルヴァスに向けて小さく頭を下げた後、彼の主であるフリーディアへと伺いを立てた。
「……。えぇ……勿論よ。私が留守にする分……全力で……取り組みなさい?」
「ッ……!! ハッ! 聞いての通りです。微力ながら、ご期待に沿って見せると騎士の誇りに懸けてお約束いたします」
「……感謝するよ、フリーディア。この礼は必ずする。……さて、では我々はそろそろ行こうか。怪我人にあまり無理をさせるものでは無い」
話を終えると、テミスはフリーディアの言葉に応じて姿勢を正したカルヴァスに頷いた後、ベッドに横たわるフリーディアを一瞥してから背を向ける。
そして、要は済んだとばかりに指示を出して、足早にフリーディアの病室を後にしたのだった。




