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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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658話 一縷の希望

「フゥゥゥゥゥゥ…………」


 テミスは地獄で滾るマグマのような、灼熱の熱気を孕んだ息を長く吐くと、ゆらりとその身体を揺らして静かに立ち上がった。

 その瞳は穏やかに、フリーディアの剣が消えて行った蒼空を静かに見据えている。


「テミス……様……?」

「サキュド。皆と共にフリーディアを頼む。絶対に死なせるな」

「待って下さい! テミス様は――」

「――それから、他の連中もファントへ帰投させて良い。ファントへ戻ったら、お前はマグヌスと共に書類の準備をしておいてくれ」


 そんなテミスを見つめるサキュドの言葉を遮って、テミスは淡々と指示を発しながら自らの剣を拾い上げた。

 テミスの動きは、先程まで自失していたとは思えないほどに機敏で力強く、その身体から発せられる静謐な殺気は周囲の者に緊張感を持たせている。

 しかし……。


「待って下さい! テミス様! 何処へ行かれるのかは分かりませんが、共も付けずに行かれるなど……。せめて私だけでもご一緒にッ!!」

「フ……そんなに心配をするな。なに……大した用事ではない。少し行って来るだけだ。そんな事よりもサキュド、お前には任せた仕事があるだろう?」

「っ……!! ならば……ならばルギウス様を……ッ!!」

「不要だよ。ほんの些事……どうでも(・・・・)良い事だ(・・・・)。奴の手を煩わせるほどではないさ。では、後は任せた。直ぐ戻る」


 懇願するサキュドの意見を全て廃し、テミスはサキュドに背を向けて足早に立ち去って行く。


「っ……!! テミス……様ぁ……ッ!!」


 その背を見つめながら、サキュドはその場にガクリと膝を付くと、涙を流しながら声を震わせる。

 この時、サキュドの目は……心は、確かにテミスの真実を捉えていたのだ。

 例え笑みを作り、言葉を話し、怒りを燃やしていたとしても。そこに今までのテミスが貫き、切り拓いてきたような信念など無く。ただ……まるで死者が生前の行動を真似ているかのように空っぽなのだと。

 何があったのかはわからない。けれど、ただ一つだけわかった。

 全てはもう手遅れで……主が心を砕いて悩んでいたというのに、私は何もする事ができなかったのだと。

 だからこそ。サキュドはただその場に突っ伏して、大粒の涙を流す事しかできなかった。


「っ……ううぅっ……!! テミッ……テミス様ぁぁぁ……!!」

「サキュド」

「うああああ……。なんで……何でこんな事にッ……!!」

「サキュドッ!!」

「っ……!!!」


 声をあげて泣き叫ぶサキュドの頭上から、穏やかな、しかし厳しい声が降り注ぐ。

 その声にサキュドが顔をあげるとそこには、悲痛な表情でサキュドを覗き込むルギウスの姿があった。


「ルギウス……さま……ッ!! テミス様が……テミス様がぁ……」

「大丈夫。見てたし聞こえていた。僕も……マグヌスもわかっている」

「ひぐっ……!」


 柔らかに紡がれたその言葉に、サキュドの目から再び大粒の涙が堰を切って流れ始めた。

 力になれなかった。サキュドの心を蝕む無力感は一人で抱え込むにはあまりに辛く、困ったように眉を寄せて微笑むルギウスの顔が、絶望に沈んだサキュドの心を優しく引き上げていく。


「まだ……諦めちゃ駄目だよ」

「え……?」


 同時に、力強く続けられたルギウスの言葉に、サキュドはボタボタと涙を流しながら大きく目を見開いた。

 本当に……?

 目の前に見せられた希望に、サキュドは思わず縋りたくなる。

 だがそれでも……。


「でも……でも……!! テミス様いま、どうでも良い事って……!!」


 見せ付けられた綻び(・・)が、サキュドの心を再び絶望へと導いていく。

 テミス様はきっと、お一人でフリーディアを傷付けた者を誅しに行くのだろう。

 今までも、共を付けずにお一人で行動される事は何度でもあった。

 しかしこれまでたったの一度でも、テミス様が人の命を軽視されたことがあっただろうか?

 悪逆を犯した者の肉体と精神に苦痛を与えた事はあった。外道へ堕ちた者の尊厳を、誇りを徹底的に嬲った事もあった。

 けれど、今までただの一度でも。テミス様が彼等の事を、『どうでもいい』などと称する事は無かった。

 あの凪いだ瞳には、怒りも憎しみも含まれてはいなかった。

 それはまるで、路傍に転がる石でも眺めるかの如く。ただひたすらに平坦な心で、仇敵の命を見つめていたのだ。


「大丈夫。テミスの心は……意思はまだ完全に死んではいないよ」

「っ……!! どうして……そんな事が……」

「彼女が本当にどうでも良いと思っているのなら、真っ先にフリーディアの身を案じて治療を命じたりはしないさ」

「ぁ……」


 ルギウスが示したのは本当に小さな……残り香のように弱々しい根拠だった。

 だが確かにそこには、サキュドが敬愛して止まない、テミスらしい血の通った意思を感じさせた。


「さ……じゃあ、彼女とマグヌスの事は任せたよ。僕は少し……テミスの様子を見てくるから」

「は……はいッ!! どうか……どうかお願いしますッッ!!!」


 ルギウスは片目を閉じ、にっこりとした笑みを浮かべてサキュドにそう告げると、テミスの後を追って駆け出していった。

 その背に向けて、サキュドは万感の思いを込めて深々と頭を下げたのだった。

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