652話 戦友の咆哮
「なら……その憎しみは私が断ち切るわッ!!」
剣を構えたテミスにフリーディアが叫び、地を蹴って猛然と突進する。
まるで、示し合わせたかのように戦いは始まった。
開始の合図も無く、そよそよと吹き付ける風が止んだ訳でもない。だが、二人はまるでその瞬間を知っていたかのように同時に動き出し、辺りに剣戟の音が鳴り響く。
「できるものなら……やってみせろッッ!!!」
ギャリィッ! と。
けたたましい音を立てながら打ち合わされた二本の剣が滑り、荒々しい火花を散らせる。
同時に、二人は体勢を崩す事なく身を翻すと、新たな一撃を互いに向けて叩き込む。
「セェェェェッ!!!」
「ヤアァァァァァァァッッ!!」
甲高い雄叫びと共に剣閃が走り、凄まじいスピードで打ち合わされる剣が、激しい金属音を奏でた。
その攻防は完全に互角。
パワーで勝るテミスの剣を、フリーディアが速度と技量を以て翻弄し、打ち込み続ける。
「貴女の剣はッ……何のためにあるのッ!?」
「くどいッ! 悪を斬るためだッ!!」
「ッ……そうじゃないッ!!!」
剣を打ち合わせる最中であっても、フリーディアはまるで呼びかけるかのようにテミスへと叫び続けた。
打ち合わせ、払い、突き立て、退き、薙ぎ払う……。
、刹那に等しい時間の中で繰り出されるフリーディアの攻撃に、テミスもまた剣を振るいながらこれに応えていた。
「貴女は何の為に悪人を斬るの!? 何故ッ……心も体も傷付いてまで、悪を憎むのッ!?」
「理由など、決まっているッ!! 疎ましいからだッ!! 他者を虐げ越に浸る歪んだ笑顔が……己が欲望の為に他人を滅ぼす傲慢がッ!!」
「くあッ……!?」
バヂィンッ!! と。
吠えるような叫びと共に、横薙ぎに放たれたテミスの一撃を受け止め、その衝撃を殺し切れなかったフリーディアが大きく後ろへ跳び下がる。
瞬間。
テミスは薙ぎ払った勢いを利用してそのまま大剣を肩に担ぎ上げると、退いたフリーディアに向けて猛然と突進し、力任せに真上から振り下ろした。
「お前には解るまいッ!! 己が享楽の為に他者の妻子の命を奪い、愉悦に微笑む下種野郎を……遊びと称して他者を虐げ、死ぬまで嬲り続けた畜生をッ!!」
「グッ……!! ウゥッ……!!」
叫びと共に振り下ろされたテミスの剣を、フリーディアはその威力に膝を付きながらも辛うじて受け止める。
しかし、受け止め、鍔迫り合いの形になって尚、万力のような怪力で押し込まれる剣に、全ての力を以て抗うのが精いっぱいだった。
「真の悪人に更生の余地など無い!! 奴等は他者に傷を負わせ、悲嘆に暮れる様を糧とする異常者だ!! 奴等はヒトの形をしているだけで、その害性はお前達が日々討伐に勤しんで居る魔物のソレと相違無いッ!!」
テミスは力任せに剣を押し込みながら、これまで斬り倒してきた者たちの事を思い浮かべる。
自称勇者のあの男は、聖剣を生み出すという圧倒的な力を持ちながらもそれに溺れ、己の欲望を満たす為だけに力を振るった。
奴隷と称して己が獣欲を満たし、与えられた土地をまともに治める事もなく、欲望が赴くままに振舞い続けた。
「それでも……そんな連中を守るべきだとほざくのならば……答えてみろッ!! 与えられた役目を放棄し、己が欲望のままに他者を貪るあの男を!! お前はどう赦すッ!?」
「ぐッ……くゥッ……」
テミスは吐き捨てるように問いかけながら、膝を付いたフリーディアへ覆いかぶさるような格好で、全身の力を込めて剣を押し込み続ける。
間を置かずして、力で劣るフリーディアの剣は後退し、その刃は己が主の甲冑を傷付けた。
「答えてみろッ!! 人間全てを敵だと断じ、戦う力の無い人々を晒い、嬲り、痛め付け、見世物にしたあの男をッ!!」
「あッ……ぐっ……!!!」
ぞぶり。と。
叩きつけるように投げつけられる問いと共に力が増し、フリーディアの剣が甲冑の表面を滑り、その肩口にあいた繋ぎ目へと押し込まれる。
押し込まれた刃がフリーディアの肌を裂き、肉を断ってボタボタと血を溢れさせた。
「ッ……!!!」
鋭く走る痛みに、フリーディアは歯を食いしばると、胸の奥底から這い出そうとする絶望を締め出した。
もしここで私が負ければ、テミスは本当に戻れなくなるだろう。ここが分水嶺なのだ。これからも、戦友として肩を並べ続けるか、宿敵として鎬を削り合うかの。
――だから、私はテミスの戦友として、絶対に負ける訳にはいかないッッッッ!!
「……にしなさいよ」
「っ……! ……?」
ぼそりと呟かれた言葉と共に、圧倒的な力で押し切られていたフリーディアの剣に更なる力が籠り、彼女の肉体をゆっくりと切り進んでいた刃がピタリと止まった。
否。止まるだけではない。まるで、これまでの鍔迫り合いを逆再生するかのようにゆっくりと、キシキシと厭な音を立てながらフリーディアの剣はテミスの剣を圧し返している。
そして。
「いい加減にしなさいって……言ってるのよッッ!!!」
「グゥッ……!?」
剣を圧し返した事によって、フリーディアに覆い被さっていたテミスの身体が、僅かに離れた瞬間。
燃え盛るような怒気の籠った咆哮と共に、フリーディアの放った渾身の膝蹴りがテミスの腹に突き刺さり、その身体を宙へと吹き飛ばしたのだった。




