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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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649話 儚き願い

「チッ……フリーディアか……。何の用だ?」

「あら……つれない返事ね。でも……その様子なら、用件はわかっているのでしょう?」

「フン……」


 舌打ちと共に出迎えたテミスに対して、フリーディアは飄々とした態度で言葉を返しながら執務室の中へ体を滑り込ませる。

 そして、まるでその視線を以て射殺さんとでもしているかのようなテミスの視線を受け止め、柔らかな笑みを浮かべてみせた。


「罪人の収容施設はほぼ限界。このまま放置すれば、明日か明後日か……。秩序が崩壊するのは目に見えているわ」

「あぁ。今まさに私も、その件で頭を痛めている所だよ。……いっその事、皆殺しにでもしてしまおうかとな」

「っ……!!」


 ボソリ。と。

 何気なく呟かれたその言葉に、フリーディアは息を呑んで目を見開いた。

 流石にその言葉が、本意ではない事はフリーディアにもわかる。だが、たとえ本意で無かったとしても、あの(・・)テミスが、死を以て断罪せんと信ずる悪人ごと、護るべき者までをも切り捨てようと口にした事実に、ただひたすら驚愕していた。


「……冗談だ。そんな事をしても何の意味が無い事くらい、私にもわかるさ」

「えぇ……。わかっている。わかってるわよ……」

「ハン……人を殺人狂だか何だかのような目で見てた癖によく言う」

「それは事実でしょう? たとえ罪を犯したのだとしても、それを悔い、心を改めればきっと――」

「――戯れ言だ。心を改めたからといって何になる?」


 軽口の応酬から一転。テミスは拗ねたように傍らへと向けていた視線を戻すと、フリーディアを真っ向から睨み付けながら言葉を重ねる。


「お前の言う通り……確かに私は幾度となく人を殺めてきた。だがそれを悔い、二度と人を殺めぬと誓った所で、私が斬った連中が蘇る訳ではない」

「それでも!! そうすることでいつかの未来……貴女が斬るはずだった誰かが救われるのならッ!!」

「フッ……そう、そうだ。身綺麗な言葉で飾り立ててはいるものの結局、お前が救っているのは救うに値しない罪人だけだ」

「違うわッ!!!」

「違わないとも」


 テミスは語気を荒げるフリーディアを鼻で嗤うと、腰掛けていた椅子から立ち上がり、溶けた蝋燭のような笑みを浮かべてゆっくりと歩み寄る。


「奪われたものが金銭ならば何とでもなろう。だがそれが命なら? 時間なら? 奪った者が改心したとて、奪われた者達がそれを取り戻す事は二度と無い」

「っ……!! たとえ……そうだったとしてもッ……!!」

「ククッ……新たなる悲劇を防ぐためならば、より良い未来の為に赦すと?」

「そうッ――」

「――馬鹿か? お前は」


 ぴしゃり。と。

 間近まで歩み寄ったテミスの凍えるような声が、冷たくフリーディアの言葉を叩き切った。


「より良き世界の為に。これ以上誰もが何も失わない為に。たとえ復讐を為したのだからといって、失ったものは戻って来ないのだから……。未来の為に、赦しましょう……。クハハハ……美談だな。健気で、儚く、美しくも思える。だがそんな絵空事を、本気で思える奴なんて居ない」

「っ……!!!」


 テミスはその、まるで喜びや慈しみといった感情を削ぎ落したような、どろりと濁った紅の瞳でフリーディアの澄んだ眼を覗き込みながら言葉を続けた。


「当たり前の話だ。大切な人を失った悲しみは……輝かしい時間を奪われた憎しみは何処へ向ければいい? 下らん見栄や取り繕った理性を取り払った本心は渦巻く怒りを叫んでいる筈だ。それを涙を呑んで飲み下せと? 飲み下して尚、正せるかもわからない仇の心根を信じろと?」

「わ……私はッ……!! ただ……」

「ハ……。そうだ。結局は傍観者……何一つ奪われず、安穏と過ごしているからこそ言える事だ」


 答えに詰まるフリーディアに次々と言葉を叩きつけながら、テミスは己が内の迷いが次第に晴れていくのを感じていた。

 そうだ。博愛を語るこの女でさえ、以前近しき者(ミュルク)を切られれば激昂したではないか。

 不安定で理不尽な未来など必要ない。むしろ、悪人が二度と他者を害すことが無いうえ、被害者の無念が幾ばくかは晴れるだけマシであるとまで言えるだろう。


「……決めた」

「待ってッ!!!」


 ボソリと紡がれたテミスの呟きに、フリーディアは必死の形相で叫びをあげる。

 元はといえば、この町で罪を犯し、捕らえられた者たちをどうするかという話なのだ。

 その中には確かに、テミスが言うような取り返しの付かない罪を犯そうとした者も少なからず居る。

 だがそこには確実に、そうではない人たちも大勢含まれているのだ。


「テミス。人間と魔族……憎しみ合っていた二つの種族は、貴女のお陰で歩み寄る事ができたわ。だから……」


 ゴクリ。と。

 フリーディアは言葉を切って生唾を呑み込むと、どろりと濁ったテミスの瞳を真っ直ぐに見返して言葉を紡ぐ。


「私達も……いえ、ヒトを信じてみて? 殺して奪うだけじゃない……赦しの先にあるはずのものを……一度だけでもッ!!!」


 祈るように、必死に紡がれたフリーディアの言葉が響く中。


「…………」


 テミスはただ無感情に、そして微かに思案するかのように一度、瞬きをしたのだった。

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