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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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644話 嗤う看板娘

「申し訳ありません。今日はもう看板なんです」

「あちゃー……残念。もっと早く来ないとダメかぁ……。また明日来るよ」

「ありがとうございます。お待ちしていますね」


 店を訪れた客が、笑顔で頭を下げるテミスの言葉を聞き、苦笑いを浮かべて踵を返していく。

 そんなやり取りを、バニサスとの会話を切り上げたテミスが何度かこなした頃だった。

 周囲に散らばる、好機の目線をテミスへ向ける者たちの間に僅かなどよめきが走った。


「あ~……」


 そして、まるで道を譲るかのように割れた人垣の向こうから現れた者たちを見て、テミスは小さくため息を吐く。

 何故なら、ゆったりとこちらへ歩み寄って者達とは、豪奢な服や装飾品で身を飾りった一人の男と、その護衛であろう粗野な格好をした二人の荒くれ者だったからだ。


「三人だ。すぐに案内をしろ」


 男たちは迷う事なくテミスの前に赴くと、護衛らしき男が絵に描いたような横柄な態度で口を開いた。

 しかしテミスは、威圧するかのように胸を張り自らを見下ろす男に一瞬たりとも臆することはなく、柔らかな笑みを浮かべて決まり文句を口にする。


「……申し訳ありません。本日はもう店仕舞いでして」

「だから何だってんだァ……? こちらにいらっしゃるのはボーゲン商会の頭取、ボーゲン・アルゼスト様だぞ!! わかったら早く用意に走れェ!!」

「……ボーゲン商会様ですか。ですがどうかお引き取りを……商会の方でしたらお分かりになるかとは存じますが、食材が無くては食事が作れませんので」

「っ……!? コイツ……ッ!!?」


 言葉と共に、怪し気な笑みを静かに浮かべ、テミスが再びぺこりと首を垂れた。

 そこで漸く、護衛の二人はテミスの異常(・・)に気が付いたのか、その表情を強張らせ、提げた剣の柄へと手を這わせる。

 だが、その気付きも空しく、二人が背に守っていた男が、苛立ちを顔に滲ませて護衛を押し退けると、テミスの前に立ちはだかった。


「先程からきていれば、看板娘風情が知った口を利く……悪い事は言わん。女将をここに呼べ」

「申し訳ありませんが出来かねます。女将は只今多忙につき手が離せません故、こうして私が軒先に立たせて頂いております。他のお客様のご迷惑にもなります。どうか、お引き取りを」

「……不愉快だ。だがまぁ……その見てくれならば、側付く事で許してやる。オイッ!!」

「ハッ……!」


 恐らく、このでっぷりと太った豚が着飾ったような男がボーゲンとやらなのだろう。

 別段に畏まるでもなく、変わらぬ態度で淡々と言葉を紡ぐテミスに獣のように喉を唸らせる。だが、その肉に埋没しかかっている目が舐めるようにテミスの全身を見回すと、その表情をニンマリと醜悪な笑顔に変えて指示を発する。

 すると同時に、機敏な動きで護衛の一人が動き、テミスの腕を取って力任せに引き寄せた。


「フム……」


 客の数が増えれば、その分だけ悪い客(・・・)も増える。

 それは、異なる世界であるこの地であっても万象不変の理らしく、先程の冒険者風の一行のように良い客(・・・)も居れば、こういった度を過ぎた悪い客(・・・)も居る。

 そんな事を心の片隅で考えながら、テミスは護衛の男に為されるがままに腕を引かれつつ、不敵な笑みを浮かべ、わかり切った質問をボーゲンへと投げかけた。


「これは……どういう事ですかな?」

「ハッ……見てくれは良くとも中身はコレか。金貨三枚ほどで買ってやれ。こんなチンクシャには過ぎた金だが……女将もさぞ喜ぶ事だろう」


 問いかけたテミスに蔑むような微笑みを向けながら、ボーゲンは懐から取り出した金をもう一人の護衛に投げ渡す。そして、護衛に腕を取られているテミスの肩に手を置くと、その醜悪な顔を近付けて勝ち誇ったように言葉を続けた。


「今日からお前は私の所有物……奴隷となったのだ」

「……奴隷の所有は禁止されている筈ですが?」

「知らんなぁ? それは魔族の法だろう? 人間である私が従う義務は無い」

「クハッ……」


 嗜虐的な笑みを浮かべて言葉を紡ぐボーゲンの脳内は今頃、これからの楽しみ(・・・)で一杯なのだろう。

 しかし、そんなボーゲンの期待を裏切るかのように、俯いたテミスの顔が狂笑に彩られた。


「クヒヒッ……なかなかに気が強そうで掘り出し物だ。これはもしかしたら……」


 自らの背後で、そんなやり取りが行われている事など露知らず。

 ボーゲンから金貨を受け取った護衛が、緩み切った下品な笑みを浮かべて、店の扉に手を伸ばした刹那。


「薄汚い手で、この店の扉に触れるな。見下げ果てた下種共め……」

「なっ……!?」


 一陣の風が吹き抜けると同時に、つい先ほどまで護衛に腕を取られ、ボーゲンにその華奢な肩を掴まれていた筈のテミスの手が、凍り付くように冷たい声と共に、戸に手を伸ばした護衛の襟首をがっしりと掴んだのだった。

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