642話 騎士の役目
数日後。
以前から交流を持ち、幾度も肩を並べて戦った経験のお陰か、協力部隊として黒銀騎団へ加わった白翼騎士団と第五軍団の一部は早々に編成を終え、ファントの町の一部として馴染んでいた。
宴の席では荒れていたフリーディアも、翌日からはいつも通りの彼女へと戻っていたし、これでようやくファントの町に本当の平穏が帰って来たと言っていいだろう。
「テミス、邪魔するわね。手紙よ。ルギウスさんから」
「あぁ……ご苦労」
新たな仲間たちを受け入れる為、少なくない書類仕事を終わらせたテミスが一息をついていると、バタリと音を立てて執務室のドアが開き、黄金の髪をたなびかせて姿を現したフリーディアが、テミスの机の上にパサリと一通の手紙を置いた。
机の上に置かれた手紙を一瞥すると、テミスは軽いため息を吐いてフリーディアへと視線を向ける。
「部下達の様子はどうだ? フリーディア」
「問題無い……と、思うわ。現場から何か報告でも?」
「いや、そうじゃない。そこは心配していないんだが……ただ……」
「ただ?」
この町に来た白翼騎士団の連中は、驚く程に職務を真っ当してくれている。だからこそ、そんな自らの部下にケチを付けられるとでも思ったのだろう。テミスの机に手を置き、身を乗り出したフリーディアは、真正面から挑戦的な瞳で睨み付けてきていた。
「無理をしていないかだけが心配でな。お前の部隊には家族が居る奴も居るだろう?」
「え……えぇ……。でも、これまでも長く遠征に出る事はあったわ。それに比べれば、危険な戦地という訳でもないのだし、大丈夫だと思うけれど……」
「それは遠征という終わりが見えているものだから、歯を食いしばって耐えられただけに過ぎんと思うぞ? 今回は駐留だ。兵士……いや、騎士達にしてみれば、危険が無いとはいえ、いつ家族の元へ帰れるかもわからん」
「っ……!! た、確かに……言われてみればそうね……」
ぎしりと椅子の背もたれに体重を預けたテミスが、気だるげにそう告げると、フリーディアは少しだけ考えるそぶりを見せた後、コクリと深く頷いてみせる。
それを確認すると、テミスは傍らに積まれた書類の山を漁ると、その中から一束を掴んで抜き出し、フリーディアの置いた手紙の横へ投げ出して言葉を続ける。
「前に提出された白翼騎士団が負担する職務の書類だ。町や職務に慣れてもらうために、向こう一月ほどはここに書かれた頻度で頼む。だがその後は、一部を第五軍団や我々の方で受け持とう」
「っ……! 私としてはそれは助かるけれど……その……大丈夫なの?」
「大丈夫……とは?」
「その……なんて言うか……」
出された問いにテミスが問い返すと、フリーディアは気まずそうに視線を中空へ彷徨わせて言葉を濁す。
しかし、数秒の逡巡を経て覚悟を決めたのか、再びテミスに目を合わせて口を開いた。
「他から不満は出ないのかって事よ……。テミス、貴女だから言うけれど……こんな好待遇、まるで食客だわ?」
「フッ……そういう事か。なに、心配する事は無い。少なくとも私の部下たちには、そのようなつまらんことで不満を持つ輩などおらんよ」
「でもっ……!!」
「でももなにも無い。私としては、お前達に無理をさせて、その結果、予期せぬ問題が発生する方が面倒なだけだ」
けれど、テミスは深刻な口調で告げるフリーディアに不敵な笑みを浮かべると、まるでその心配が些事であるかのように言い放った。
確かに、白翼騎士団にあてがった仕事は町内の警備巡回や夜警など、テミス達がこなしている仕事の中でも、比較的に軽いものが多い。
それに加え、先日から白翼騎士団には一室を貸し与え、この部屋とは別に専用の執務室で仕事をさせているのだから、好待遇であることに違いは無いだろう。
「フリーディア。一つ言っておくぞ? お前達が今まで、どんな劣悪な環境で仕事をしてきたのかは知らん。だが、この町では私が法なのだ。そして私は知っている……全てをがんじがらめに縛り付けて働かせるよりも、平時は適度な休息を与え、充実した余裕のある暮らしをさせた方が、火急の時によく動くのだ」
「それはっ……!! 他でもない貴女がそういうのなら……そう……なのだろうけど……」
絶対の自信と共に放たれたテミスの言葉に、フリーディアは何故か唇を噛み締めて悔し気に俯くと、大きく深呼吸をしてその身体を跳ね上げる。
そして、ゆっくりとテミスへ背を向け、呆れたような微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「そういうことなら、わかったわ。彼等には私の方から上手く説明しておく」
「ん……? まさかとは思うが、そちら側から不満が出たのか?」
「えぇ……まぁ……。騎士達は与えられる仕事に信念と誇りを持っているから……」
「ククッ……おかしな奴等だな。血みどろの戦場を駆ける事では無く、平穏な日常を守る事こそ、騎士達本分だろうに」
「っ――!!! そう……ね。そうだったわね……」
その背中へ、皮肉気な笑みと共に投げかけられたテミスの言葉に、フリーディアは一瞬ビクリと肩を跳ねさせて立ち止まると、噛み締めるように言葉を返してテミスの執務室を後にしたのだった。




