633話 不穏な顔合わせ
「っ……!!」
「…………」
「フッ……」
この世界がより良い未来に進むため。そんな意図を以て集められた会談の場には、まるで戦場の如き重苦しい雰囲気が漂っていた。
ロンヴァルディアから集った人間達は屈辱感と不信感に顔を歪める一方で、その正面に座するギルティアは我関せずといった表情で黙したまま、一切の言葉を発する事は無かった。
そんな両者の間でただ一人、自らの輝くような白銀の髪を弄びながら、テミスだけが愉悦の表情でその様子を眺めている。
「さて……それではこうして役者も揃った事ですし、此度の会談を始めましょうか」
永遠にも思われる重圧の中。テミスが不敵な笑みと共に重苦しい沈黙を破った。
無論。そんな空気の中でテミスの言葉に応える者は無く、静まり返った部屋の中に、朗々としたテミスの声だけが響き渡っていく。
「……異議が無いようなので同意と見做します。では――」
「――まっ……待ってくれッ!!」
「何か……?」
テミスが室内の顔ぶれを一通り睥睨した後、小さく息を吐いてから口を開く。すると、緊張に満ちた声と共に、一人の男が声をあげる。
「っ……!! お……お初にお目にかかる。私はフランコ・ド・シュタインハルト。此度は我が国……ロンヴァルディアの代表として会談に参じた」
「クク……。これはどうもご丁寧に。私はテミス。この融和都市ファントの安寧を守護する者だ」
声を震わせながらも、名乗りを上げたフランコにテミスは喉を鳴らすと、薄い笑みを浮かべてそれに応じた。
しかし、フランコの名乗りが気に食わなかったのか、フランコの周囲の者達はただ唸るような音を漏らしただけで口を噤み、抗議をするような視線をフランコに注いでいる。
「続けてもよろしいかな? せっかくファントへ来られたのだ……。私としてはあなた方に、このような息の詰まる部屋ではなく、自慢であり誇りでもある町を観光していただきたい」
「っ……!!!」
「クハッ……!! 失礼? 続けてくれ」
唇を吊り上げたテミスが、皮肉をふんだんに込めた口上を続けると、黙していたギルティアが溜まりかねたかのように笑いを漏らす。
しかし、この場で名乗りを上げる豪気こそ持ち合わせていたフランコでも、流石にそれを咎める勇気は無かったのか、歯を食いしばって小さく息を呑んだ後、大きく息を吸い込んで口を開く。
「お気遣い、感謝する。ですがまずは……そちらの方々の紹介を頂きたい。テミス殿に連なる方々……という認識でよろしかったですかな?」
「っ……!!!」
「フム……」
ピクリ。と。
まるで、値踏みでもするかのようなフランコの言葉に、ギルティアの傍らに着いたリョースが目尻を吊り上げる。
それを視界の隅に捉えたテミスは、僅かにその笑みを深めてわざと一息を吐く。
先程の事が余程堪えたのか、リョースにしてはよく耐えている。ギルティアを信奉する奴の事だ、主が人間如きに値踏みされる……ましてや、私の配下に間違われる事など耐え難い事だろう。
「クク……あまり焦らしては爆発する……か。それも一興だが……まぁいい」
「フッ……」
テミスが次第にビキビキとその額に青筋を立て始めたリョースに視線を送ると、その前に悠然と座るギルティアは静かに笑みを漏らす。
「ご存じの通り、今回我々が相まみえたのはロンヴァルディアだけではない。ならば、その当事者がここに集うのは当然の事。我々としては、個別に話し合いの席を設けて下手に疑いを持たれるくらいならば、こうして一堂に会した方が都合が良いのですよ」
意地の悪い笑みを浮かべたテミスは、淀む事なくそう言い切ると、黙して座するギルティアへチラリと視線を向けた。
あくまでもこの場はファントとロンヴァルディア、そしてファントと魔王軍の会談の場なのだ。故にテミスとしては、どちらか一方に有利な条件を出していない事を示すだけで良く、ギルティアの事をロンヴァルディアに紹介する義務も権利も持ち合わせていない。
要は、名乗りたければ好きにしろ。ただし黙すれば、誤解とはいえ一時的に私の軍門へ下る事になるぞ。というテミスの嫌がらせだった。
「クハハハハッ!! 面白い。下らぬこととはいえ、私を意に沿って動かすか……良いだろう」
しかし、ギルティアは高らかに笑い声をあげると、腰を下ろしていた椅子から立ち上げり、室内を一望する。
「我が名はギルティア・ブラド・レクトール。魔王軍を率いる者であり、貴様等人間たちが、魔王と呼ぶ者だ」
「なっ……!?」
「ま……魔王ッ……!!」
その名乗りに、フランコをはじめとするロンヴァルディアの者達は、顔面を蒼白に変えて震えあがるが、その中でただ一人。フリーディアだけは真正面からギルティアの目を見据えていた。
「では楽しい自己紹介も済んだところで、早速本題に入ろうか。フランコ殿。先の貴国からの書状では、ロンヴァルディア側の意見が明記されていなかった。ついてはまず、そちらのお考えをお聞きしたいのだが?」
震えあがるロンヴァルディアの者達を尻目に、ギルティアが不敵な笑みを浮かべて再び腰を下ろしたのを確認すると、テミスはその視線をフリーディアへ注ぎながら口火を切ったのだった。




