幕間 ステルス☆ゔぁんぱいあ
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
一日目
「空気が良いのは助かるけど……これはかなり辛いわね」
偶然見つけた穴ぐらの中で、サキュドは腰をかがめた状態で呟いた。この穴ぐらは隠れ家としてはもってこいなのだが、何より狭いし何もないのが不満だった。横になれば辛うじて休めない事は無いが、それでも荒く掘られた硬い地面が痛い。
「フム……よく考えたらもうこの姿でいる事も無いのよね」
サキュドがそう呟くと、自らの肢体に魔力を込めてそれを慎重に操った。吸血鬼の体は、人間とは異なりその構成の一部に魔力そのものを含んでいる。故に、魔力をうまいこと操ってやれば、その姿を変貌させることができる。
「……っぷぅ! こんな所かしらね。うん。こっちの姿なら広さはいい感じね」
数分後、妖艶な女性が腰をかがめていた場所には、ブカブカの服に埋もれた幼女がしたり顔で頷いていた。
「服は……面倒だけど変化させるしかないか……あとは当面の食料とクッション、暇つぶしも何かあると良いわね……マグヌス?」
サキュドはブツブツと呟きながら、術式を使ってマグヌスへと呼びかける。流石のサキュドであっても、土地勘のないこの場所で全ての物資を独力で集めきるのは不可能だ。
「あの口下手に丸め込まれるって相当よね……ま、都合は良いけど」
「……ゴホンッ」
ぼやいていると通信の向こうから、軽い咳払いが聞えて来る。これはテミス様が考案した、特殊暗号符号だ。この通信術式の場合、面倒な準備が必要ないかわりに実際に発声をしなければ通信する事は出来ない。つまり、聞く事は出来るが話す事は出来ない状況に陥る可能性がある。それ故に作戦行動中は使われる事が少なかったのだが、テミス様の考案したこの符号のお陰で十三軍団では重宝されていた。
「水と食料をどこかに隠してその場所を送りなさい。通信が不可能な場合はさっきの部屋から少し奥に行った所にある小部屋に。通路脇にあるわ。あんたからの通信があり次第回収に向かう。以上」
「ンンッ……」
喉を鳴らすようなくぐもった咳払い……。了解の合図だ。まったく……咳払いのしかたやくしゃみみたいな生理現象に符号を仕込むなんて、我らが軍団長殿はどういう思考をしているのやら。
「悪魔的にも程があるわね」
喉の調子が悪い。なんて言ってしまえば偽装は完璧。通信の確証が取れない以上追及する事は出来ないだろう。
「さて……行きたくないけど……行きますかね」
そう言うとサキュドは穴の中から悠々と這い出ていくのだった。
二日目
サキュドの隠れ家には、小さな洞穴には似つかわしくない品が増えていた。部屋の隅には、丸まった毛足の長い毛布とその逆側の壁際には、高級そうなガラスの水差しと携帯食料の缶が数個転がっていた。
「んん……」
小さく膨らんだピンク色の毛布がもぞりと動き、その塊の中からサキュドがむくりと身を起こした。
「水……」
そのままもぞもぞと毛布と共に水差しの方に移動し、汲んであった水を一気に飲み干す。すると、とろんとした半目で頭を揺らしていたサキュドの眼が一気に開かれた。
「よし。目が覚めたわ」
サキュドはそう言って立ち上がると身に纏っていた毛布を一気に剥ぎ取って、枕元に重ねてあった服に手を伸ばす。
「さて、今日はどうしようかしら? マグヌスに任せておいたらここを脱出するまで携帯食料三昧だろうしキッチンかしらね?」
ニヤリと不敵に微笑んんだサキュドは、いつも通りマグヌスへと連絡を入れると隠れ家から這い出して行った。
その日。不幸にもサキュドの餌食となったのはカジノ区画の者達だった。この施設に集う連中の中でも、この区画を利用する者は富める者が多く、そこに設えられている物品は、サキュドにとって垂涎の代物ばかりだった。
「ねーねー。あたしにも何かくださらない?」
近くを歩いていたボーイを呼び止めて、子供らしい声色でその服の裾を摘まむ。甚だ不本意ではあるが、あの小部屋生活の改善の為。背に腹は代えられない。
「おや? お嬢さんはどうされたのですか? ご両親は?」
「パパとママはねー。あっちの方!」
サキュドの慎重に合わせてしゃがみこんだボーイの目を見てからサキュドは周囲を見渡すと、この区画に来る途中にあった案内板に書かれていた遊戯区画の方向を指差した。
「ああ……なるほど……さっき入ったばかりかな?」
「うんー!」
ボーイは何かを察したように目を細めると、ため息とともにサキュドに問いかける。その問いにサキュドは内心で悶絶しながら、元気のよい返事を返す。
「では、こちらへどうぞ? お嬢様?」
「うふふっ、嬉しいわ。れでぃの扱いを心得てるのね?」
芝居がかった口調で片手を差し出したボーイの手を握り、あえて舌っ足らずな口調で背伸びする子供を演出する。こんな所知り合いに見られたら自殺モノね……。ボーイの後を可愛らしく追いながら、サキュドは内心で乾いた笑みを浮かべたのだった。
三日目
サキュドの隠れ家の中は、まるでおもちゃ箱の中のような有様になっていた。水差しや携帯食料はあるものの、携帯食料の方は未開封のまま積み上げられていた。
「……くぅ…………」
小さな寝息のリズムに合わせて、大きなクマのぬいぐるみの上のふくらみが上下する様は、ここに見る者が居たのならばさながら裕福な少女の部屋にでも見えた事だろう。
「ふあ……思ったより快適だったわね」
数十分後。クマの人形改めクマ型ベッドの上で起き上がったサキュドが、目をこすりながらボソリと呟いた。この人形。寝るには適さないように見えたが、抱き心地を考えて緩めに綿の詰められた腹部と、ぎっしりと綿を詰め込まれた頭部のバランスがちょうど良くベッドの役割を果たしていた。
「色々貰えるのはありがたいんだけど……この姿じゃお酒に近付けないのが悲しいわね」
あの後ボーイに連れられて行った先で、ジュースとお菓子を振る舞われていたサキュドは、吸血鬼という種族も手伝ってか、まるでお姫様のような扱いを受けていた。
「ハァ……滑稽だわ……」
あの場に居た連中が幼女趣味なのか、それとも孫や娘を可愛がる心情なのかは解らないが、持ちきれぬほどの土産と共にサキュドはカジノ区画を送り出された。巨大なクマの人形が空気すら穢れたこの区画を移動する様は、さぞ皮肉めいて滑稽だっただろう。
「娯楽か……」
悲し気につぶやいたサキュドの目が、隠れ家の隅に放置された袋へと向けられる。子供のふりをしていたのだから仕方ないが、そこにはあの場に居た連中に持たされた玩具が大量に詰め込まれていた。
「……仕方がない。アイツ等には悪いけど、トコトン利用させてもらいましょ」
サキュドは深いため息をついた後、その双眸を妖しく光らせて妖艶に微笑んだ。
数時間後。サキュドは再び、カジノ区画を訪れていた。既に顔見知りとなっていたボーイに連れられて向かった席には既に、山盛りのお菓子やジュースの類が用意されていた。
「ねぇ……? あたしソレ、気になるわ?」
その場に居合わせた富豪連中の注文で次々と運ばれてくる料理を頬張りながら、サキュドは傍らに腰掛ける親父のグラスへと目を向けた。
「ハハハ。サラミスちゃんにコレはまだ早いよ。これは大人の飲み物なんだ。ホラ、匂いを嗅いでご覧?」
「……えいっ!」
顔を赤らめた親父が高笑いすると、ゆっくりとグラスをサキュドの鼻先へと近付けた。サキュドはそのグラスから漂う、上品な葡萄酒の香りに独り頬を歪めると、無邪気な子供のように腕に飛びついてその中身を飲み干した。
「わっ……とと。コラコラ! 早く吐き出しなさい! ホラ、ペッってして」
「おいおい……流石に酒はマズいだろ……ボーイ。バケツと水」
「か……畏まりました」
途端に周囲が騒がしくなり、ばたばたとした足音が複数席から離れていく。
「んふふ……いいお酒ね」
深刻な顔でサキュドの顔を覗き込む親父に呟くと、サキュドはその目を妖しく光らせながら目を合わせる。
「あたしなら大丈夫……もっと欲しいの。頂戴……?」
「……あ、ああ……」
サキュドが呟く言葉と共に、逼迫した表情を浮かべていた親父の顔がだらしなく緩み、欲望に駆られただらしのない雄のソレへとなり果てる。これこそが、以前この施設を崩壊寸前まで追い詰めた、サキュドの誘惑魔法だった。
「お待たせしました!」
「ホラ、急げ。横にしたら……まずいのか?」
ぐったりと首をしなだれさせたサキュドの周りで、先程まで笑顔を浮かべていた大人たちが右往左往していた。今ならば、この場の全員の注目を集める事は容易いだろう。
「んふ……なんだか……あついわね……」
ゆらりと体を起こしたサキュドがソファに横になると、おもむろに服の裾を掴んでゆっくりとたくし上げる。
「こらこらこらこら! 女の子がそんなっ……」
混乱状態に陥った周囲の者達の視線が吸い寄せられ、一拍遅れて制止するための手が伸びてくる。
「くふふっ……」
瞬間。怪しげな笑い声と共にサキュドの目が紅い光を放ち、サキュドへ伸びていた手がピタリと動きを止める。
「ウフフフフフッ……これで当面は困らないかしら? 悪いけど、貢いで――」
「サキュド……お前はこんな所で何をやっているんだ……」
愉悦の笑みと共にクスクスと笑い声を上げたサキュドの顔が、後ろから割り込んできた声に凍り付いた。同時に、まるで油の切れた人形のようにぎこちの無い動きで、その首が声の方向へと向けられる。
「マグ……ヌス……」
先ほどまでの表情は何処へ隠したのか、驚愕と怒りと羞恥の入り交ざった何とも言えない表情をしたサキュドの震え声が、静まり返ったカジノ区画に吸い込まれる。
「ひとまず、これだ。会えたのならばわざわざ隠す必要もあるまい」
マグヌスが差し出した麻袋の中には、いつもの水差しと温かな湯気を立ち上らせるパンが入れられていた。
「その……何と言うかだな……派手に動くのは程々にな。露見してテミス様に叱られるのはお前だぞ。ではな……」
気まずそうに頬を掻いたマグヌスがそう告げると、背を向けて暗い廊下の方へと立ち去っていく。
「っ~~~~~~~~あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
数秒後。動く者が居なくなったカジノのソファの上で、頭を抱えたサキュドの叫び声が響き渡ったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




