625話 魔王の深謀
一方その頃。王都ヴァルミンツヘイム・魔王城内会議室。
以前、テミスが大暴れをしたその場所では、固い緊張感で満ち溢れていた。
その場には、テミスに敗北したタラウードとシモンズ、そしてテミスの元に居残っているルギウスを除く全軍団長が一堂に会している。
「……時勢を見ても、今日が最後の会議となろう。ロンヴァルディアはまだ明確な動きを見せてはいないが、各方面を預かる軍団長が、長々と席を空ける訳にもいくまい。既に代理を立てている者も数名出ている」
そんな一同の視線を一身に集め、ギルティアは静かにそう告げると、チラリとその視線を傍らのドロシーへ向けた。
「っ……! さ、昨日の時点では、テミスへ復帰を要請すると意見が大多数でしたが……」
「…………」
「フ……」
その視線を受けたドロシーが口火を切ると同時に、まるで責め立てるようにその視線をリョースとルカへ投げかけた。
しかし、両者は黙したまま何も語る事は無く、ルカに至ってはその口元に薄い笑みを浮かべていた。
「……リョース殿。こう言っては何だが、このような場で貴殿が黙しているのは珍しい。何か理由があるのではないか?」
「……茶番だ」
「は……?」
部屋の中に流れ始めた不穏な空気を察したのか、落ち着いた声でアンドレアルが水を向けた途端、リョースが発した言葉が場を凍り付かせた。
しかし、リョースはそんな雰囲気など歯牙にもかけず、ゆっくりと腰掛けていた椅子から立ち上がると、静かながらも良く通る声で再び口を開いた。
「茶番だ……と言ったのだ。アンドレアル殿、貴殿であれば理解るだろう? 彼奴の性格を鑑みれば、この議論に意味など無い事は」
「っ……!! しかしっ……!!」
「既に機を逸しておるのだ。我々が今、議論すべきはそこではない」
「ならば……。ならばこの場は、何を議論する場だというのですか? リョース殿。あなたの忠義は存じておりますが、その口ぶりは少々出過ぎているかと」
ピシリッ。と。
戸惑うアンドレアルと、泰然と構えるリョースの横合いから投げかけられたその言葉に、緊張で張りつめていた部屋の空気に亀裂が走った。
しかし、まるで少年であるかのような外見の発言者は、臆することなくリョースを睨み付けて言葉を続ける。
「この場は、ギルティア様が設けられた議論の場です。失礼ながら、黙したまま意見を出さないリョース殿が、茶番だ。などと言える身では無いかと」
「フン……茶番に茶番と言って何が悪い? ユグルト第四軍団長。私からすれば、あのテミスの顔を見た事すらないお前が、訳知り顔で意見を出しているのは、些か滑稽に映るがな」
「なっ……!! ギルティア様の御前だぞ! いかにリョース殿といえどその発言は無礼だろうッ!!?」
「ならばせめて、最初から出席して語るのだな」
「リョース貴様ッ……!! 私の判断を愚弄するかッ!?」
リョースは投げかけられた挑発を一笑に伏してから言葉を返すと、ユグルドは一瞬で怒りに顔を赤くして言葉を荒げる。
それでも尚、ギルティアは言葉を発する事無く、その切れ長な目で場を眺め続けるだけだった。
「招集者の名で重要度を判ずるからそうなるのだ」
「ッ……! その発言、取り消して貰おうッ!! 私は内容を検め、吟味し、前線を離れるべきではないと判断したのだッ!」
「その判断が間違いであったのだから――」
いきり立つユグルドを追い詰めるかのように、リョースの眼差しに剣呑な色が混じり始めた瞬間。
ドガンッ!! という派手な音が、口論へと発展しかけた二人のやり取りを押し留める。
その音は第六軍団長であるルカの席から発せられており、円卓へ振り下ろされたらしき拳は固く握り締められていた。
「八つ当たりは止したらいかがか? リョース殿。ユグルド殿も自重されよ。あなたが言ったのだぞ? ここはギルティア様の御前だと」
「あっ……!! も……申し訳ありませんッ!!」
「フン…………」
ルカの言葉に、リョースは額に寄せた皺を深めて鼻を鳴らし、ユグルドは小さく息を漏らした後、ギルティアへ向けて深々と頭を下げる。
「……ですが、茶番であるという意見には私も同意です。我々の意見はともかく、魔王軍は彼の者を一部の苛烈な意見で追い出しただけではなく、戦いを仕掛けて敗れているのです」
「っ……!! だがそれはタラウード達の独断専行であろうッ!? それにだからこそ、魔王軍への復帰を赦すと――」
「――阿呆め。その程度で奴がなびくのなら、こうして我等が会してなどおらんわ」
ルカの言葉に再び顔をあげたユグルドが口を開くが、その言葉は苦虫をかみつぶしたような表情で吐き捨てられた、リョースの言葉によって一蹴された。
「アレが魔王軍に戻る事はもう無いだろう。そういう女だ……テミスという奴は」
「ッ……!! な……なら!! 旗下へ戻らぬなら、今度は魔王軍の総力がそのファントとかいう町を攻めると言ってやればッ!!」
「フン……妙案ではないかユグルド。まるでタラウードのようだ。ククッ……確かに我等の戦力を集中させればファントは落とせるのだろうな? だが、それでどうなる? 我等は甚大な被害を受けるのは必至だ」
「そんな馬鹿なッ!! 今のファントが魔王軍を相手取って勝ち目がない事など自明の理! 仮にも元軍団長ともあろう者がそんな無茶をする訳がない!!」
「するんだよ。そして成し遂げるのだ。その身を……命すらも懸けて味方を守り、烈火のごとく敵を撃滅する。そんな狂気にも等しい鉄血の意志こそが、比類なき奴の価値でもあるのだ」
「っ……!! それがわかっているのなら……何故ッ……!!?」
リョースとユグルドの再会した激しい舌戦は、突如としてその終着点へと腰を落ち着けた。
そう。何を考え、議論した所で、結局の所全ては一つの違和感へと帰結するのだ。
テミスが激昂したあの瞬間。何故ギルティアは沈黙したのか。武勇を以て己が価値を示し、他の軍団長をも越える優秀な駒である事を証明していたあのテミスを、何故ギルティアは手放したのか。
「ククッ……漸くか」
リョースとユグルドの議論によって紡ぎ出された一つの疑問。それを問うかのように投げかけられる視線を一身に受けると、ギルティアは不敵な笑みを浮かべながら口を開くのだった。
「……漸く、そこか。勿体ない。だが、何を以てそう考える? 俺はテミスを同志と呼んだ。それは奴も同じ事だ。よく考えろ……俺はこの一件、お前たちの意見を十分に汲むつもりなのだからな」




