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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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624話 新たな日常・変わらぬ光景

「おめでとうございます。テミス様」

「…………。あぁ……」


 アリーシャとの決闘の翌日。

 執務室の自分の席に腰を据えたテミスは、感情を一切表に出さぬように努力しながら言葉を返していた。


「では……私はこれで」

「ご苦労」


 退出する兵へ適当な労いの言葉を投げつけながら、テミスは心の内に秘めた感情を吐き出すように、小さく長いため息を漏らす。


「心中……お察しいたします」

「あぁ。まさに悪夢だよ」

「ハッ……? でしたら、要求をお断りされればよろしかったのでは……」

「フン……。下手に刺激をして、戦場にまで纏わりついて来られたら悪夢どころでは済まん」

「っ……確かに……。私が浅薄でした」


 マグヌスは言葉と共に、温かな湯気をあげるコーヒーカップをテミスへ差し出すと、一歩退いてから深々と頭を下げる。

 今回の一件は彼にとっても、頭痛の種であることに変わりは無いのだろう。


「なに、気にするなマグヌス。お前も同じ穴の狢だ。それで……アリーシャは?」

「ハッ……任官の後、手透きらしいルギウス殿と共に、武器を選ぶべく保管庫へ行くとの事で」

「そうか……」


 テミスのいう悪夢、そしてマグヌスの悩みの種とは即ち、アリーシャの存在だった。

 決闘の勝者たるアリーシャの要求を聞き入れる為に、テミスはいくつものハードルを越さねばならなかった。

 第一に、正式にアリーシャへ稽古を付けるのならば、これまで通り裏路地で剣を振り回すという訳にはいかない。

 然るべき場所……つまり、この詰所の敷地内にて、訓練(・・)として行わなければならないのである。

 だが、テミスの管轄下にあるとはいえ、この詰所はまごう事なき軍事施設なのだ。昨日のアリーシャのように、ルギウスや将兵たちを伴っている場合を除けば、ただの市民がおいそれと足を踏み入れる事のできる場所ではない。

 そこでテミスは、『一部市民への緊急時における対応訓練』と題し、アリーシャの立場を一時的に半軍属化する事で、この贔屓とも言える無茶に一応の筋道をつけたのだ。


「それで? 彼女は何か言っていたか?」

「いえ……。ただ、聞いた話ですが、随分と嬉しそうな様子だったと……」

「テミス様とお揃いの服で嬉しいって言ってましたよ?」


 テミスの問いに、苦笑いを浮かべたマグヌスが答えると、その傍らからひょっこりと姿を現したサキュドが朗らかな声で言葉を引き継いで続けた。

 おおかた、先程退出した兵士と入れ替わりで入ってきたのだろう。気配を欠片も感じさせないその腕前は見事なものだ。だがその腕前を、こうも悪戯じみた事に悪用するのが彼女らしさなのだろうか。


「ハァ……我が姉ながら、能天気なものだ」


 そんなサキュドに、テミスは再びため息を吐くと、マグヌスの淹れたコーヒーへ口を付ける。

 仮だろうと半分だろうと、軍服に袖を通すのだ。その分、戦場が近づいたと言っても過言ではない。

 例えばこの町が襲われた時、アリーシャが軍服に袖を通していたのならば、敵は彼女を私の部下だと認識して牙を剥くだろう。

 だがそれでも、四六時中自分の側に置き、危険な戦場であろうと連れまわすのに比べれば、まだ安全だろうと判断したのだが。


「あ、でも一個だけ問題があるそうです」

「なに? 本人から……アリーシャがそう言ったのか?」

「はい」



 胸の内の葛藤を隠そうともしないテミスへ、サキュドがニンマリと笑みを浮かて報告を告げると、即座に顔色を変えたテミスが音を立てて椅子から立ち上がる。

 アリーシャとて、今回の一件が無茶であることは理解している筈だ。ならば、事情を知らぬ者に何かを言われたのか? それとも……。テミスの頭の中で、様々な可能性が浮かんでは消え、焦りを募らせた。


「どういう事だ!? 何故すぐに報告を――」

「――制服のサイズが合わない。と」

「……は?」

「ですから、制服がきついそうです。具体的には、胸が。僭越ながら、傍目である私の目から見ても、今にも弾け飛びそうだというのはまさにこういう事を言うのか……という具合でした」

「っ……。彼女用の制服が仕立て上がるまでは堪えて貰うしかあるまい」


 サキュドが詳細を述べた事で、ようやく報告の本質を察したテミスは、僅かに頬を紅潮させながら踵を返すと、唇を尖らせて返答を返した。

 テミスの軍服は、彼女に合わせて作られたオーダーメイドだ。故に、同じ制服を求められた所で、テミスの予備しか在庫があるはずも無く、ひとまず今は、それをアリーシャへあてがう事で急場を凌いでいるのだ。

 だからこそ、サイズが合わないという事実はそのまま体格差に繋がる真実であり、サキュドもまたそれを理解した上で報告をあげているのだろう。


「全く……お前という奴は……。ハァ……まぁいい。仕事にかかるぞ」

「ハッ……! では、昨日の報告書からさせていただきたく……」

「はぁい。では、後程本人に伝えておきますね」


 テミスは喉から出かけた文句を呑み込むと、話を切り上げて机へと向かう。

 すると、即座にそれに応じたマグヌスが自らの席へと赴き、サキュドは意味深な笑みと共に頷いた後、テミスの机から書類を手に取るのだった。

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