幕間 ケンシンの盟約
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
人間領首都・王都ロンヴァルディア
傍らに設えられた窓から見下ろす城下には、午後の太陽に照らし出された王都の人々が、緩やかな日々を送っているのが見える。
「ハァ……」
フリーディアは執務室の窓から視線を逸らすと、目の前に机にうず高く積まれた書類の束を見てため息を吐いた。この書類の全てがフリーディア達白翼騎士団に対する援軍要請なのだ。勿論、救援に向かうのはやぶさかではないし、騎士の義務として喜ばしい事ではあるのだが……。
「名前が独り歩きしすぎなのよね……」
現状、白翼騎士団の名は最強の騎士団として広く内外に知れ渡っている。だがその弊害か、必要のない援軍要請が数多く寄せられているのだ。故に、現地の戦況などを精査せねばならず、結果としてこういったデスクワークの方が多くなってしまっている。
「テミスが見たら、怒りそうだけどね……」
ふと、再び窓の外に広がる青空へと視線を移し、先日まみえた銀髪の少女の事を思い浮かべる。あの真っ直ぐすぎる少女は、今どこで何をしているのだろうか? ともすれば、どこかの戦場でまた、その手を人の血で汚しているのだろうか?
「フリーディア様」
微かな溜息と共に、夢想の世界へと浸っていたフリーディアの意識を、若い男の声と戸を叩く音が現実へと引き戻す。
「どうぞ」
「失礼いたします」
姿を現したのは、白翼騎士団が一翼。リット・ミュルクだった。彼は一礼をして執務室に足を踏み入れると、そのまだ幼さの残る顔をクシャリと歪ませて微笑んだ。
「フリーディア様。朗報ですよ!」
「朗報……? 何があったの?」
彼が手に持っていた紙束から、仕事が増えたのかと想像していたが、その表情から察するに違うらしい。興味を抱いたフリーディアが歩み寄ると、目の前で彼はびくりと体を硬直させた。
「もう……気にしないでって言ってるのに。リックはホント真面目だよねぇ……」
「いえっ! 決してそんな事は……ですが、光栄です」
フリーディアは彼の愛称を呼びながら書類を受け取ると、パラパラとめくりながらその内容に目を通していく。正直私としては、せっかく同い年なのだしもう少し砕けて接して欲しいのだけれど……。
「っ……。リックこれ、どう言う事?」
「は……? と、言いますと?」
書類の内容に目を通したフリーディアの顔色が変わり、傍らのリックの顔を見上げる。その顔は決して朗報を受けた時のものではなかった。
「テプローって確か、次に出撃を決めていた土地よね? ケンシンさんの治める……」
「はい。そうですね」
「援軍が不要になったって……どう言う事?」
笑顔で首肯するリックに対し、フリーディアは強い語気で問いかける。少なくとも、先日現状を精査した時点では事態はひっ迫していたはずだ。敵との直接戦闘は無いものの、魔王軍が放ったと思われる謎の魔獣に街道が脅かされ、町自体が孤立する危険性があったはすだ。
「さぁ……ですがあの方も冒険者将校ですし……独力で解決されたのでは?」
「そんな事ある訳……」
少なくとも、ケンシンという男は無駄に兵を招くような男ではなかったはずだ。故にこの援軍要請も緊急性が高いと判断し、フリーディア達は救援を決定していたのだ。つまり、現地で何かしらの動きがあったと見るべきなのだ。
「っ……これって……ねぇリック、どう思う?」
「いかがされましたか?」
頭を悩ませながら執務室の壁に貼られた地図を眺めていたフリーディアが、不意にピクリと肩を跳ねさせて問いかけた。その微かに震える指先が指し示す先には、ファントという文字が刻まれていた。
「よくよく見たら、ファントとテプローはそう大して離れてない……あちら側の領地だと相対しているプルガルドを経由しなきゃいけないけど、もしかして……」
「フリーディア様」
願いにも似た閃きがフリーディアの脳裏に訪れた時、あからさまに不機嫌なリックの声がそれを遮った。
「お言葉ですが、フリーディア様はあの女を過大評価しすぎです。奴は所詮我ら人間を裏切った裏切り者。それどころか、噂では新たな軍団長に収まったとか……」
「それは違うわリック……最初に彼女を裏切ったのは私達だから……」
「えっ……?」
リックの進言を聞いたフリーディアの瞳が悲し気に揺れると、湿り気を帯びた声で続ける。
「ナイショ、なんだけどね? テミスは冒険者将校になろうとしてたんだ」
「っ……そんな……ならば何故……」
リックの足がぐらりと揺れ、近くの壁へと手を付いた。彼女ほどの戦力がこちら側についていたのならば、戦況は大きく変わっていたはずだ。
「前に第六師団が帰って来た時、暴動があったでしょ?」
「ええ。まぁ……」
リックは曖昧に頷くと、フリーディアから視線を外す。敗走した部隊が市民の謗りを受けるのは仕方のない事だし義務ですらあると思うが、彼はフリーディアがそれを嫌っている事を知っていた。
「あの日、テミスもそれを見てたんだって。師団長の話だと、止めに割り込んだとか……それに、門番も酷い事したみたいだし」
「チッ……あの馬鹿か……」
その話なら、リックも聞き覚えがあった。簡素な格好で町を訪れた銀髪の娘を、劣情に負けた番兵がつまもうとしたとか。もしそれであのテミスとか言う女が人間を見限ったのだとすれば、奴は殺しても足りない程の罪を犯したことになる。
「何でよりによって……っ――!?」
吐き捨てるように呟いたリックの手に、フリーディアの手が重ねられた。しかし、驚きと期待に視線を上げたリックの目にうつったのは、悲し気な表情で静かに首を振るフリーディアの姿だった。
「とりあえず、ケンシンさんには承認の書類を送らなきゃね」
そう呟きながらフリーディアの指先がなぞった書類の末尾は、このように締めくくられていた。
~テプローは当面の安全が確認され、戦況も互いに睨み合う膠着状態へと落ち着いたため、無用な刺激を避ける為に当面の視察団の派遣は好ましくないと進言致します~




