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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第13章

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617話 大きな人の、小さな悩み

「ハァ……。どうしたものか……」


 フリーディアがロンヴァルディアヘと出立してから数日。

 負傷・疲弊した兵士達も回復し、ファントの町に日常が戻った頃。

 通常運転に戻ったファントの執務室では、難しい顔のテミスが深いため息を吐いていた。


「テミス様……何か問題が?」

「いや……問題ではない……のだが……」


 カツン。と。

 杖を片手に、現場復帰を果たしたマグヌスが問いかけると、テミスはゆっくりと首を振り、歯切れの悪い答えを返す。

 だがその姿は、誰の目から見ても悩みを抱えているのは明白であり、ちょうど執務室での給仕に勤しんでいたルゥすらも、生暖かい視線をテミスへと向けていた。


「クスッ……悪い癖だよ? テミス。そういう小さな悩みが積み重なって、自分一人じゃ背負いきれない重荷になるんだ」


 そこへ、ちょうど扉を開けて部屋に入ってきたルギウスが、まるで部屋の外で聞き耳を立てていたかの如く声をかける。


「……うるさい。それに、これは町の問題ではなくて私個人の問題だ。お前達の手を煩わせる事では無いさ」

「君はそうでも、他の人から見たら違うかもしれない」

「何が――」

「――個人的な事でも構いません、テミス様。何か我等でお力になれる事があるのでしたら、是非ッ!!」

「……ねっ?」

「…………。ハァ……」


 ルギウスの言葉に後押しられるかのように、マグヌスが力強く身を乗り出すと、テミスは眉を寄せて小さくため息を吐いた。

 彼等がどう考えているかは知らないが、今回の件は別に、町にとっても彼等にとっても大した問題では無いのだ。

 ……そう。当のテミスにとっては、仕事もまともに手が付かなくなるほどの大問題ではある。


「……と、言ってもまぁ、皆だいたい想像は付いているんだけどね?」

「何っ?」


 テミスの内心の葛藤をよそに、さらりと言い放たれたルギウスの言葉に、周囲を囲む面々が各々に何度も頷いてみせた。


「その件なら、噂になってますから」

「まぁ……今のテミス様が悩まれる事など……それしかありますまい」

「っ……!!!」


 目を丸くしたテミスに、ルゥが真っ先にそれを肯定すると、苦笑いを浮かべたマグヌスが眉を顰めて同調する。


「部外者の僕から言わせて貰うと、この件は君が思う程に無関係じゃないと思うよ? 町の人たちは兎も角、君が率いる部隊にとっては……ね?」

「むぅ……」


 柔らかな笑みを浮かべてルギウスがそう告げると、テミスはただ唸り声をあげて執務机の上へと姿勢を崩した。

 今テミスが抱えている大きな問題。それはアリーシャとの不仲だった。


 ここしばらくの間、傷が癒えて退院して以降。テミスはアリーシャと一言も口をきいていなかった。

 厳密に言えば、全く言葉を交わさない訳では無いのだが、今までのそれと違って、その範疇はマーサの店での仕事中まで徹底している。

 どうあがいても逃れられない状況以外、アリーシャはテミスが言葉をかけても一切返答をせず、その癖、人一倍テミスの動きを鋭敏に察知して、言葉を交わさなくとも良いように、先んじて動いているのだ。


「……正直。原因が明白なだけに、どうする事もできないと半ば諦めているがな」


 周囲からかけられる無言の圧力に屈したテミスは、胸に秘する事を諦めてゆっくりと自らの心を語り始める。


「戦いに赴く以上、傷付くなと言う方が無理なのだ。心遣いや想いはありがたいが、こればかりはどうにもならんだろう」

「それは……アリーシャちゃんにとっても同じかも知れないよね。テミスが戦う事を選んだ以上、彼女の言い分が無茶なのは承知の上。けれどそれでも尚、どうしようもない程に君が傷付く事が耐えられないのさ」

「フン……。だから無駄だと言ったのだ。どちらも譲れない以上、どちらかが折れるまで待つしかない。私に傷付くなというのなら、それこそ正体を隠して無力な村娘にでも化けるしか無いだろうな」


 テミスは胸中の苛立ちを表すかのように、軽く机の表面を指で叩くと、唇を尖らせて反論した。

 テミスとて、アリーシャの心情が分からない訳ではない。だがしかし、転生者として力を持ってしまっている以上、何かしらに巻き込まれる事は必至なのだ。

 ならば即ち、軋轢を生んでしまっている我々の関係そのものが、間違いだったという事になるのだろう。


「……やはり、私などが関わるべきでは無かったのだろう」

「――っ!!」

「っ……!!」

「え……?」


 ボソリと零されたその言葉に、柔らかだった部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。

 マグヌスの手から杖が零れ落ち、ルギウスは息を呑んで言葉を詰まらせる。ルゥに至っては、押し殺し損ねた声が、小さな疑問符となって零れ出ていた。


「テミス様ッッッ――ウッ!?」

「――とと。無茶はいけなよマグヌス。気持ちはわかるけれどね」


 数瞬の沈黙の後、吠えるように声をあげたマグヌスが一歩を踏み出すと、その身体が大きくよろめいた。

 その肩を、即座に支えたルギウスのお陰で事なきを得るが、二人の双眸には呆れと怒りの入り混じった光が宿っていた。


「……? なんだ? どうしたのだ……急に……?」

「ハァ……本当に君ってやつは……。マグヌス? 今回は僕も同意見だ。体の自由が利かない君に代わって、その役目は僕が果たすよ?」

「っ……! ハッ……。お心遣い、感謝します……」


 思わぬ反応に、テミスが目を瞬いて首を傾げる目前で、ルギウスは静かに言葉を紡ぎながら、マグヌスの取り落とした杖を拾い上げ、手渡しながら問いかける。

 そしてマグヌスもまた、素直にルギウスの手からそれを受け取ると、小さく頭を下げてそれを了承した。


「何の話をして――って……ちょっ……!?」

「君は黙って着いて来るんだ」


 直後。

 素早く閃いたルギウスの手が、執務机の上に投げ出されたテミスの手首を掴み上げると、強引に立たせて歩き始める。

 その後ろに、目尻を吊り上げたマグヌスが無言で付き従う。


「……行ってらっしゃいませ~」


 そんな三人の背に、口元に小さな笑みを浮かべたルゥの声が投げかけられたのだった。

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