幕間 魔女の借り返し
「っ……!! なによ……これっ……!?」
ファントの防壁を見下ろすドロシーの目には信じがたい光景が映っていた。
「ファントの戦力は全てロンヴァルディアに行ってるはず……隠し玉? いえ、そんな余裕があるとは思えないわ……」
その眼下では、防壁の上に備え付けられた丸い箱の中から、轟音と共に撃ち出される何かが、ファントへ迫りくる異形たちに抗っていた。
「魔法……いえ、こんな魔法見た事無いし、大した魔力も……って、きゃぁっ!?」
空中を漂うドロシーが、轟音をあげる箱を凝視してひとりごちっていると、突如として飛来した何かが傍らを掠めて行く。
「っ……!! っ~~!! 今……攻撃された? 冗談じゃ――ッ!!」
即座に掌に魔法陣を展開し、反撃を試みた刹那、ドロシーの脳裏にテミスの言葉が蘇った。
『クク……ならばせいぜい、誤射されぬように気を付けるのだな』
「そういう意味ならッ!! 先に言いなさいよねッ……あの性悪女ッッッ!!!」
ドロシーは憎しみを込めてそう叫ぶと、展開した魔法の標的を謎の箱からファントへ殺到する兵士達へ切り替えた。
まさに咄嗟の判断。
強引に標的を変えたせいで姿勢が崩れ、魔法は標的の手前頭上で小さな爆炎をあげた。
「ねぇ……!! そこのアンタッ!!」
「…………」
「ねぇったらッ!!」
「…………」
苛立ちに頬を歪めたドロシーは、慌てて空中で姿勢を安定させた後、ゆっくりと防壁に近付きながら呼びかける。
しかし、箱からは相変わらず轟音が響いて来るだけで返答は無く、時間と共に積もっていく苛立ちがドロシーの心を焦げ付かせた。
「無視すんなってのッ……!! どう見ても一人じゃ支え切れてないじゃない……ッ!!」
単騎であることを考えれば、あの謎の箱はとんでもない火力を誇っている。
だが、物量の差は歴然。
あの箱から放たれる攻撃が中央を薙げば左翼と右翼が、右翼を薙げば中央と左翼が。タラウード達の手勢は今も、あの箱の手の足りない箇所からじりじりと攻め上がっている。
「あ~……アッチから見たらどう見たって私は敵だし……」
このまま近付けば、さっきのように攻撃を向けられるのは間違い無いだろう。だが、いくら同じ魔王軍の所属とはいえ、攻撃魔法を向けられれば反撃してくるだろうし、浮遊魔法を使ってそれを躱しながらでは、この大軍勢を押し返す事ができるほどの魔法は放てない。
しかし、だからといって静観していればギルティア様から賜わった役目を果たせない。
「チッ……地味だけど仕方ない……かッ!」
ドロシーはそう舌打ちをすると、現在箱の攻撃が一番手薄な左翼に小規模な魔法を叩き込みながら、ゆっくりと防壁へ向かって移動を開始した。
これならば、無駄に魔力を消費する羽目にはなるけれど、自分が敵ではない事の証明にはなるだろう。
そして、いつあの攻撃を向けられるかがわからない、緊張の数分を潜り抜けた後。
無事に箱の上に降り立ったドロシーは、足元に向かって大声で呼びかけた。
「ちょっと!! そこに誰かいるんでしょっ!? 何よコレッ!?」
「――っ! さっきのお姉さんかい……。悪いケド、そりゃ企業秘密さ」
「チッ……どんな猛者かと思えば……」
しかし、ドロシーの予想に反して、轟音を掻い潜る様に返って来たのは、若い女の声だった。
舌打ちと共に、ドロシーは左翼へ撃ち続けていた魔法を止めると、体内の魔力を一気に練り上げ、前へと翳した両掌に魔法陣を展開させる。
「……ちょいちょい。アタシの頭の上で何してるか知らないけどさ」
「あん……? 今度は何ッ!? 集中が乱れるんだけど!?」
続けて、呪文を唱えようとしたドロシーを制するように、足元から不敵な声が響いてきた。
「お姉さんは味方……って事で良いんだよね? 一応今アタシさ……ボスの命令を一部無視しちゃってる訳でして。ここを通られるとヤバいんだよねぇ……」
「ハンッ……敵ならどうする訳?」
「……アンタとアタシを道連れに、ドデカイのを前にドカン……かな? そう云う訳だから、できればコレはやりたかないんだけど」
「っ……!!」
轟音と共に響いてくる言葉を笑い飛ばそうとして、ドロシーは自らの背に冷や汗が伝うのを自覚した。
この言葉は本気だ。口調こそ軽いものの、そこに込められた尋常ならざる意志を感じて、ドロシーは直感する。
この箱の中に居るであろう女は、私がここで敵だと答えれば、即座にそのやりたくない手段を取るだろう。
「っ~~!! どいつもこいつも憎たらしいッ!! アンタはそのまま右翼に集中してなさいッ! 左翼と中央は……まとめて私が吹き飛ばすッ!!」
「へへっ……んじゃ、任せたよ。名前も知らない相棒サンッ!」
「顔すら見せ無いアンタよりは……マシよッ!!」
ドロシーは足元から響く軽薄な軽口に言葉を返すと、ニヤリと不敵に頬を緩めて魔法を発動させるのだった。




