幕間 羽軸の剣
至る所で血煙が上がり、剣戟の音が鳴り響いている。
この戦いで、俺自身の剣も一体何人の『同胞』の血を吸ったのだろうか。
「っ……」
そんな、鬱屈とした思いを切り払うように、先陣を切るフリーディアの後を駆けるミュルクは鋭く剣を振り下ろした。
「ぐっ……あっ……!! なん……でだよっ……!!」
「っ……!!」
その迷いが刃先を鈍らせたのか、袈裟懸けに斬り下ろしたはずの剣は肩口で止まり、敵兵が苦痛に血走った眼でミュルクを睨み付けた。
「くっ……!! 黙れッ!!」
「信じて――ぐはぁっ……!?」
しかし、その兵士が二の句を告げる前に、ミュルクは両腕に全霊の力を込めて切り捨てると、先行したフリーディア達を追って駆け出した。
「なんでって……お前等が悪いんだろ……」
ボソリ。と。
ミュルクは吐き捨てるようにひとりごちると、脚に力を込めて走る速度をあげながら、べったりと剣に付着した血を、はためいていた自らのマントで拭う。
「っ……」
純白だったマントは今や血と泥に汚れている、しかしこの新たな汚れとなった赤いシミだけは、何故か急速にミュルクの心に暗い影を投げかけてきた。
ただ、マントで剣の血を拭っただけだというのに。まるで、犯してはならない禁忌で、その純白が汚れてしまったかのように。
「…………。今はそんな事、どうでも良い」
ミュルクは戦列に戻ると共に呟きを漏らし、数多の敵を切り裂きながら前方を疾駆するフリーディアの背に目を向けた。
その剣は、ただひたすらに美しかった。
斬り、突き、殴りはしているものの、ほとんどの敵をなるべく殺す事無く、最低限の動きで無力化している。加えて、やむを得ずその命を奪う時は、一撃で急所を切り裂いていた。
だがしかし、ミュルクはその『慈悲』が全て無駄であることを知っているのだ。
「……どうした? ミュルク」
「いえ……」
傍らを駆けるカルヴァスの問いかけに、ミュルクは無感情に言葉を返すと、フリーディアが討ち漏らした敵兵の首を刎ねて止めを刺す。
ミュルクはこの役目の意義を正しく理解している。たとえフリーディア様がここで命を奪わなかったとしても、戦いで飯を食っている彼等に明日は無い。
戦闘の続行が不可能になる傷は即ち、戦士としての命を絶つ事と同義なのだ。
ならば、職を失った彼等が行き着く先なぞ、想像するに難くは無いだろう。
「ただ……もう無駄なんじゃないかって、思いましてね。どう言い繕った所で俺達は――」
「――ミュルク。知っているか? いかに純白の羽毛を持つ鳥といえども、その羽を支える軸……羽軸まで純白ではないそうだ」
「は……?」
自らの言葉を遮って、唐突に脈略のない事を語り出したカルヴァスに、ミュルクは思わず目を瞬いて視線を向けた。
ここがかつて無い程に過酷な戦場とはいえども、相手はカルヴァス。そうそうにその頑強な心が壊れるとは思わないが……。
「だから、良いではないか。いくら羽軸が染まろうとも、白翼が汚れる事は無い。我等は個にして全。全ては主の悲願の為……だ」
「……。そして、不要となった羽は抜け落ちるんですか? 俺はそれが、幸せだとは思えませんね」
ミュルクはカルヴァスにそう言葉を返すと共に、再び手負いの敵兵に向けて剣を振り下ろす。
「……いつかお前にも、理解できる日が来るさ」
その姿を目を細めて眺めながら、カルヴァスは乾いた笑みを浮かべて小さく呟いたのだった。




