幕間 鍛冶屋の誇り
テミスが魔王軍を出奔した翌日。
魔王城は蜂の巣を突いたかのような喧噪に包まれていた。
城を守護する兵たちは浮足立ち、将兵たちもせわしなく飛び回っている。
そんな魔王城の片隅……薄暗い工房の中では、御用鍛冶師であるコルドニコフがいつも通りに槌を振るっていた。
「フム……ムゥッ……」
ガィンッ! と。
赤熱した槌を打ち付けた鋼が火花を散らし、その形を徐々に一振りの小さな剣へと変化させていく。
しかし奇妙な事に赤熱する小さな剣には柄が無く、彼の傍らには、蝶番の付いた円形の金具が散乱していた。
「ッ……!! いかんな。これでは大きすぎる……」
突如。コルドニコフは手を止め、大きなため息と共に奇妙な形の小剣を水の中へと放り込んだ。
赤熱した剣は汲み置かれた水と触れるや否や、派手な音とともに蒸気をあげ、たちまち元の色……夜の闇のような漆黒へと姿を変えた。
「アレに取りつけるのであらば、重心よりも小さくなくてはならん……ならばいっその事、魔石でも仕込むか? いやしかし……」
コルドニコフは額に浮かんだ汗を拭ってヨロヨロと立ち上がると、顎に手を当てて独り言をつぶやきながら、工房の傍らに設えられた机へと歩み寄る。
その時。
「コルドニコフッ!! コルドニコフは要るかァッ!?」
工房の入り口のドアが荒々しく開くと同時に、二人の魔族が喚き声をあげる。
「……なんか用ですかい? そんなにがならなくても聞こえまさぁ……」
そんな二人に、コルドニコフは露骨に眉を顰めると、椅子に座りかけた腰をゆっくりと上げ、無粋な客人へ対応すべく向き直った。
すると、コルドニコフが用件を問いかける前に、二人はずかずかとコルドニコフに詰め寄って声を荒げる。
「あの裏切者の秘匿武器を作ったのは貴様だったなッ!! 今すぐにその資料と現物をこちらへ寄越すのだッ!」
「う……裏切り者……? 誰の事ですかい? それに秘匿武器は――」
「――あの汚らわしい人間ッ!! テミスだよッ!! 俺達は奴を追うんだッ! わかったならさっさと用意しろッ!」
「っ……!! 裏切り……。そうですかい……」
喚き立てる兵士たちの言葉に、コルドニコフは小さくため息を一つついた後、ゆっくりと元の机へ踵を返して目を伏せた。
「……? 何をグズグズとして――ッ!!?」
直後。
バサリという音と共に紙束が宙を舞い、煌々と炎が燃え盛る炉の中へ吸い込まれていく。
「……悪ィが、資料なんざひとっつも残ってないですわ。現物も全て持っていかれちまいましてね」
「っ……!? 貴様ッ!! そんな馬鹿な話があるか!! 隠し立てをすると言うならば容赦はせんぞ!!」
「そんな馬鹿な話がね……あるんですよ。たった今手が滑って全部燃えちまった」
「っ~~~!!?」
「それにね……」
怒りに表情を歪めた二人の魔族兵に対し、コルドニコフは大きく前に一歩を踏み出すと、地の底から響くかのように力強い声色で言葉を続けた。
「秘匿武器は何があろうとその秘密を守り通す。そいつが俺達鍛冶屋の誇りってヤツでさぁ」
「だが――」
「――亡くなられた軍団長様達の秘匿武器と同じ事です。アンタ達は、たかが自分が死んだから、裏切ったからといって秘中の秘をバラすような職人に、己が命運を託す武器を任せるんですかい?」
「っ……!! ぐっ……!!?」
巌のような気迫と共に叩き付けられたコルドニコフの言葉に、二人の兵士はたじろいで後ずさる。
歪められた表情から、彼等が欠片も納得していない事など明白ではあったが、同時に反論できるほどの材料を持ち合わせていない事も物語っていた。
「……どうか、ご理解してお引き取りくだせぇ」
「ッ……!! チッ……!! 頑固者がッ!」
最後に、コルドニコフが追い打ちとばかりに出口を示してやると、二人の兵士は悪態を吐きながら踵を返して足早に姿を消していく。
「反逆……ですかい……」
扉が閉まり、再び静寂の訪れた推すぐらい工房の中で、コルドニコフはおもむろに机の隠し扉を開けると、寂し気にボソリとひとりごちる。
その手では、赤々と輝く弾頭を持った、一発の銃弾がキラリと炉の光を反射していた。




