616話 それぞれの道へ
数日後。
急速に日常を取り戻しつつあるファントの町の門の前で、テミスは深刻な顔でフリーディアと向き合っていた。
「本当に……行くのか?」
「えぇ……」
毅然とした笑みを浮かべるフリーディアの傍らに居るのは、ミュルクとカルヴァスといった数名の腹心のみだった。
「……何度も言うが、自殺行為だ。ロンヴァルディアの人間からしてみれば、お前は言わば裏切り者。未だ情勢が落ち着かぬうちに戻れば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだろう?」
「それでも……よ。戦いからもう何日経ったかしら? だというのに、ロンヴァルディアから伝令はおろか、通達の一つすら無いわ」
「それは……」
朝日にキラキラと光る黄金の髪をなびかせながら、胸を張ってそう告げるフリーディアに、テミスは歯切れの悪い回答とを返して視線を逸らす。
確かに。ロンヴァルディアの戦力が半壊した今……この僅かな時間だけが、融和へと向かう事のできる唯一のチャンスだろう。
ロンヴァルディアが戦力を立て直せば、連中は必ず報復として矛先をファントへ向けて来る。
そうなれば最後。
互いの全てを滅ぼし尽くすまで止まる事の無い、全面戦争の始まりだ。
「大丈夫よ。テミス。必ず朗報を持ってくる……とまでは言えないけれど、預けた団員たちは絶対に迎えに来るわ」
「っ……当り前だ。あまりグズグズしていると、私の配下に加えるからな?」
これからフリーディアが向かうのは針の筵だ。
そんな中でフリーディアは、恨みでは無く平和の為に手を取る事を説かなくてはならない。
それを知っているからこそ、テミスはニヤリと皮肉気に唇を歪め、フリーディアを挑発するかのように煽り立ててみせた。
しかし。
「それは困るわ? ……でも」
「っ……!」
言葉と共に苦笑いを浮かべたフリーディアの表情に影が落ち、言葉が途切れる。
同時にテミス目が、腰に当てられたフリーディアの手が、小刻みに震えているのを捉えた。
「もしも……もしも、上手く行かなかったら……その時は……」
「…………」
視線を地面へと逸らしたフリーディアの言葉が、消え入る様に再び途切れると、むず痒い沈黙が、湿り気を帯びた風と共に二人の間を通り抜ける。
彼女が今、呑み込んだ言葉こそ。フリーディアが望む本当の気持ちなのだろう。
フリーディアが赴こうとしているのは武力を振るう戦では無く、権力と知力と謀略が渦巻く新たな戦場だ。
ならば、戦地へ赴く戦友にかけてやれる言葉など、一つしか無いだろう。
「ククッ……」
ニヤリ。と。
テミスは視線を落としたまま黙り込むフリーディアの目を、真っ直ぐに見据えると、口角を大きく吊り上げて不敵な笑みを形作る。
そして、大きく胸を張って腕を組んだ後、眼光鋭く口を開いた。
「今のお前ならば、万難を排して助けに行ってやるさ。その時は、お前と随伴したお前の仲間達、そしてあの国で真なる平穏を望む奴ら全員を救い出してやるとも」
「っ……! テミス……貴女……」
「ハッ……不満か? 元・魔王軍軍団長にして……あ~っ……その……。お前の背を預かる戦友の私では役不足か?」
「ぁっ……」
その言葉に、フリーディアは目を見開いて僅かに息を漏らした後、大きく息を吸い込んで満面の笑みを浮かべる。
「いいえ。期待して……ううん。信じてるわ? テミス?」
「フッ……任せておけ」
顔をあげて不敵の微笑むテミスと目が合うと、フリーディアもまた微笑みを浮かべて言葉を返す。ふと気が付けば、先程までフリーディアの心を苛んでいた不安は霧散しており、手の震えは既に止っていた。
「ちょっとちょっとッ!! それじゃあ俺達が何の為に行くのかわからないじゃないですか!」
「全くだ。テミス殿、どうか安心していただきたい。そんな事態には決してならないですよ。我々の、騎士の誇りに懸けて……ね」
言葉を交わしながら微笑み合う二人の間に、フリーディアの傍らで様子を見守っていたミュルクが、堪りかねたかのように割って入ってくる。
それに続いて、普段ならば諫める役目のカルヴァスも、微笑みと共に言葉を添えた。
「ククッ……。あぁ、是非ともそうしてくれ」
「フフッ……そうね。テミスに助けて貰わなくても大丈夫なように頑張らないと」
そんな二人に、テミスとフリーディアは意味深に視線を交わらせた後、互いに笑みを浮かべて口を開く。
直後。
まるで、それが引き金となったかのように、温かな笑い声が周囲に溢れた。その頭上には、彼女たちを覆い隠すように、分厚い雲が流れていたのだった。
本日の更新で第十二章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第十三章がスタートします。
魔族と人間の間に横たわる深い溝、そしてその長い歴史が紡いだ恨みと謀略を切り捨て、魔王軍を出奔したテミス。そんな彼女に待ち受けていたのは、過酷極まる戦場でした。
自らの力のみでは切り抜け得ぬ激戦を潜り抜けたテミス、しかしその代償は小さなものではありませんでした。この戦いで得たものと失ったものは、テミスとその周囲の人々、そしてこの世界をどう変化させていくのでしょうか?
続きまして、ブックマークをしていただいております406名の方々、そして評価をしていただきました59名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援ありがとうございます。
さて、次章は第十三章です。
魔王軍とロンヴァルディア軍を退けたテミス達は、融和都市ファントの平和を守り抜きました。
魔族と人間……そして転生者が共に笑い合う平和な都市。そんな想いの込められたかの都市が、この世界の人々の目にどう写るのか。
ロンヴァルディアへ戻ったフリーディアはどうなるのか……出奔した魔王軍との交渉の行く末は?
この先、世界はどう動いていくのでしょうか……?
セイギの味方の狂騒曲第13章。是非ご期待ください!
2021/4/7 棗雪




