幕間 主人の誇り
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「ったく……あいつらは何処行きやがったんだ……」
草木も眠るような静かな闇の中、グルツは宿屋のカウンターに腰掛けて苛立ちを現すように貧乏ゆすりを続けていた。普段ならば、明日の仕込みも終えて晩酌を済ませ、既に床に入っている時間なのだが、今日はそういうわけにもいかなかった。
「まさか……本当に行った訳じゃないだろうな……」
チラリを胸をよぎった嫌な想像に、グルツはチラリと廃坑の方へと視線を向けた。新しい人間の軍団長は、かなりの激情家だと噂になっていたが、実際に見てみればそうは見えなかった。逆に、年相応の可愛らしさなど無く、かのバルド軍団長を見ているようだった。
「唯一の客をほっぽって寝ちまう訳にもなぁ……面倒な客を上げちまったか」
そうぼやきながら、グルツはカウンターの奥にある給仕場へ行くと、コップになみなみの水を注いで戻ってくる。
「確か……テプローへ行くとか言ってたな……仕方がねぇ、一応知らせてやるか」
グルツはそうぼやきながらため息を吐くと、カウンターの下から羊皮紙の束を引っ張り出して吟味する。慰安に来たなどと言っていたが、軍団長自身がこの町を出て言った時点でその理由が嘘なのはほぼ確実だろう。
「だから手ぇ出すなって言ったろうが……」
悩んだ末、一番下にしまい込んでいた暗闇の中に微かな燐光を発する羊皮紙をつまみ上げ、他の紙を元の位置へと戻す。これには強力な隠匿術式がかけられており、宛先の者以外が見ると、覗き見た者の求める文章が現れる。同時に、因果に干渉して何があっても宛先に届くというオマケつきだ。
「俺のヤキが回ったかね……あんな小娘に期待するなんてよ……」
そう言いながら、グルツはカウンターの裏に隠すように立てかけられている曲刀を眺めた。それは、かつての仲間の愛刀であり、グルツが冒険者を辞める時に餞別として置いて行ったものだ。
「お前みたいな奴がまだ居るのなら……この世もまだ捨てたもんじゃねぇのかもな」
そう語り掛けると、グルツはカウンターの上に置いてあったランプに火を灯してから、羽ペンを手に取った。
「拝啓……っと。軍団長様に手紙書くなんざ、そうそうできねぇしな……」
その夜は、グルツの呟く声と羽ペンが羊皮紙の上を走る音が、一晩中続いたのだった。
10/25 誤字修正しました




