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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第12章

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610話 武人の微笑み

 ギャリィッ!! と。

 けたたましい音と共に火花が舞い散り、テミスの振り下ろした剣の切っ先が僅かに逸らされる。

 結果。アンドレアルの肉体を裂くはずだった剣は地面を深々と切り裂いており、テミスがアンドレアルを斬らんとしている事実を物語っていた。


「…………」

「くぅっ……!! お止めくださいッ!! テミス様ッ!!」


 しかし、テミスの一撃を逸らしたのはアンドレアルでは無く、必死の形相でその間に飛び込んだサキュドの紅槍だった。


「貴殿が……何故……」


 氷のようなテミスの視線に射竦められるサキュドの後ろで、驚きに目を見開いたアンドレアルが問いかける。

 だが、アンドレアルを自らの背に庇ったサキュドがその問いに答える余裕は無く、全身を小刻みに振るわせながらテミスと対峙して口を開く。


「どうか……どうか剣をお引きくださいッ……!! マグヌスが繋いだ希望を……未来を無駄にしない為にもッ!!」

「希望……? 希望だとッ……?」


 そんなサキュド言葉に、テミスは固く食いしばられた口を開くと、絞り出すように震える声が漏れ出る。

 そして、ギリギリと力の限り歯を食いしばった後、テミスは己が内の感情を爆発させた。


「そんな物はもう無いわッ!! 私の希望は……望んだ平和は……サキュド、お前が居て、皆が居て、そして……マグヌスが共に居る世界ッ!! 叶わぬならばせめて……私の望む未来に幕を引いた奴を討ち果たすッッ!!」

「テミ――」

「――退けェッ!!!」

「あぐッ――!!」


 叫びと共に涙を流すテミスに、サキュドが悲し気に顔を歪めた瞬間。クルリと身を翻したテミスの放った蹴りが、サキュドを捉らえて弾き飛ばす。

 同時に、深々と一歩を踏み込んだテミスの剣がギラリと陽光を反射し、アンドレアルへと叩き込まれた。


「グッ……!!!」

「……笑えよ。大義も見えぬ馬鹿だと」

「ッ……!!」


 テミスの放った刃は、接触の瞬間に半歩後ろへと退いたアンドレアルの外皮を浅く裂いて止まる。

 しかし、攻撃を受けたアンドレアルがテミスへ反撃を加える事は無く、防御の姿勢を取ったまま、その視線は俯いて言葉を紡ぐテミスへと向けられていた。


「奴は頭こそ固いが冷静で、その目は常に最善を見据えていた。私が激情に駆られた時、いつも諫めるのはあいつだった……」


 テミスは溢れる思いをアンドレアルへと叩きつけながら、振り抜いた大剣を静かに構え直す。

 だがその構えは、大剣を扱うテミスが取るにはひどく不格好で、それが自前のものでない事は誰の目にも明らかだった。

 そしてその構えはアンドレアルにとって、ごく最近目にした男のものと酷似しており、テミスが彼の男を模倣しているのに気づくのは難くなかった。


「テミス……貴様……ッ!!」

「立ち合えよ。アンドレアル……お前とて、ただ黙って殺されるのを良しとはしまい?」

「っ……!! だがッ!!!」

「存外……タラウードの言っている事は間違いでは無かったのかも知れん。退くというお前を行かせるのが、軍団長としては正しい選択なのだろう……。だがな」


 アンドレアルとて、軍団長を任ぜられる程の実力者なのだ。テミスが同格以上の実力を持とはいえ、今は連戦に連戦を潜り抜け、極度に消耗している状態だ。真似ただけの剣技では勝負にすらならないのはテミスとて理解していた。

 しかし、それでも……。


「私の意地が……正義が赦さんのだッ!! 大切なものを傷つけられて……奪われて尚……その敵を目の前にして黙っている事など、私にはできんッ!!」


 テミスが吠えると同時に、不格好に構えた大剣に炎が灯る。

 その技の名は、竜炎爪。

 マグヌスの操る牙心一流の技の一つで、彼が最も愛用していた技だった。


「全く……貴様等ときたら主従揃って……」


 燃え盛る剣を構えるテミスに、ギラギラとした静謐な殺意を向けられたアンドレアルはそう呟いて静かに微笑むと、無事な片腕を持ち上げて構えを取る。

 だが、構えを取って相対して尚、アンドレアルの瞳には柔らかな光が宿っており、固く握られた拳には一片たりとも殺意は込められていなかった。


「私が剣を振るう意味ッ……!! しかとその身に刻み込めェッッ!!」

「この……大馬鹿者共がッッッ!!!」


 直後。構えを取った二人の咆哮が重なり合い、交叉する。

 背合わせに数歩の距離を置いて残心を残す二人の間には、静寂が流れていた。


「っ……!!!」


 ぶしぃっ! と。

 先に異変が訪れたのはアンドレアルだった。

 振り抜いた拳から血が迸り、その大きな体がぐらりと傾ぐ。

 しかし、踏み出された足が傾ぐ体を力強く支え、アンドレアルが地面に倒れ伏す事は無かった。


 その一方。


「…………」


 剣を振り抜いた格好で残心を残すテミスの手に、大剣は握られていなかった。

 武器を失ったテミスが、ゆっくりと姿勢を起こすと同時に、その背後へ漆黒の大剣が軽い音を立てて突き立つ。


 勝敗は、誰の目に明らかだった。


「っ……!!! うぅっ……!! すまない……すまないマグヌスッ!!」

「……マグヌスの語った貴様の理想。このアンドレアルがしかと受け止めた。なるほど……奴が信を置くのも頷ける」


 その場に膝を付いたテミスが、唇を噛み締めて地面を固く握り締めると、アンドレアルそれを振り返る事なく静かな声で言葉を紡いだ。

 そして……。


「お前達のような命知らずの大馬鹿者……俺は嫌いでは無いがな……。だがひとまずは主従揃って、そこの吸血鬼の娘にでも叱られると良い」


 柔らかな微笑みと共にそう言い残すと、ドスドスとその巨体を揺らして立ち去って行ったのだった。

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