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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第12章

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608話 空しき勝利

「フゥ…………」


 ばしゃり。と。

 戦いを終えたテミスは、タラウードの血で濡れた大剣で宙を薙ぎ、剣に付着した血糊を払う。

 そして、へばりついた血糊が剣圧と遠心力によって振り払われたのを確認すると、キンッ……という軽い音を立ててその背へと納めた。


「……くふ」


 戦いの後に残ったのは、静寂だけ。

 物言わぬ骸となったタラウードの死体が動く事は既に無く、遠くから聞こえる銃声と爆発音が、戦局が残敵の掃討へと移行したことを物語っている。


「クハハハハハハハハハッッ!!! アッハッハッハッハッハッ……!!」


 突如。

 背をのけ反らせて笑い始めたテミスの狂笑が、戦いによって荒れ果てた街道に響き渡った。


「ざまぁみろッ!! 何が役目だッ!! 何が想いだッ!! お前が何も遺す事は無いッ! 罪無き者を害するお前……は……」


 言葉と共に、無様に肉塊と変わったタラウードへ蹴りの一つでも入れてやろうと足を持ち上げた所で、テミスはピタリと言葉と動きを止めて空を仰いだ。

 戦いには勝った。ロンヴァルディアを退け、タラウードを撃滅したのだ。これでファントの町の安全は、当面の間は確保できたといっても良いだろう。


「なら……この虚しさは何だ……?」


 まるで胸の内の何かが、(こぼ)れて行くような感覚。

 勝利の歓喜も、激戦を戦い抜いた安堵も、何もかもを呑み込むような虚無感が、テミスの胸の内を支配していた。


「悪は滅びた。私がこの手で斬って捨てたのだ……」


 ロンヴァルディアもあれだけの戦力を失えば、暫くの間は攻勢に転ずる余裕は無い筈だ。同じく魔王軍も、南方戦線の指揮官を失った穴は大きい筈だし、今回のファント侵攻に参加した連中がこれだけであることから、ギルティアや残った軍団長連中には、まだ交渉の余地が存在するのだろう。

 世界は……ファントは確実に平和への道を歩んでいる。

 ――だというのに。


「タラウードを……倒されたのですね……」

「あぁ……」


 傍らからかけられた言葉に、テミスは半ば上の空で言葉を返すと、胸に立ち込める虚無感に蓋をするかのように心の中でひとりごちった。

 これはきっと、新たな世界へ対する不安なのだろう。世界は、確実に良い方向へと動いている。ならば、今はそれで良いじゃないか。この先に何が待ち受けていようと、私がやるべきことは変わらないのだから。


「って……サキュドッ!? っ……お前……その格好……」

「フフ……文字通り、腐っても(・・・・)軍団長でした。あぁ……早くお風呂に入って眠りたいです」

「プッ……クク……ッ!! 本当に、大した奴だよ……お前は……。大殊勲だ」


 ボロボロの姿ではにかむサキュドに、テミスは一瞬だけ目を丸めた後、柔らかな笑みを零して労いの言葉をかける。

 どうやら私は、二人の部下の事を過小評価していたらしい。よもや、軍団長であるシモンズをも打ち破ってしまうとは……。二人の熱意に圧し切られる形ではあったが、この選択は正解だったらしい。


「っ……お褒めに預かり、恐悦至極。ですが、相性の問題もあるかと。私、化かし合い得意なので……」

「それでも……だ。誇るがいい。あの食わせ者のタヌキジジイに勝ったのだから」

「んふっ……テミス様。以前零しておられた言葉とは真逆ですよ? 確かああいう手合いは……どうあがいても食えない?」

「……煮ても焼いても食えない。か?」

「はい! それですっ!!」


 にっこりと微笑んだサキュドが、跳ねるようにして大きく頷いた後、二人の楽し気な笑い声が透き通るような蒼空へと吸い込まれていく。


 ……そうだ。

 我々は勝ったのだ。


 サキュドと顔を合わせて笑いながら、テミスは自らの心がゆっくりと晴れて行くのを自覚した。

 魔族と人間が互いに憎しみ合い、殺し合う世界の真ん中に。人魔の融和を掲げる町を……平和の礎を築く事ができたのだッ!!


「……タラウード殿に勝ったのか」

「……っ!!」

「――っ!?」


 しかしそこへ、一つの低い声が割って入り、テミスとサキュドの間に緊張が走る。

 テミスが剣を、サキュドが槍を抜き放って構えた先には、ドスドスと重たい足音を響かせながら歩いてくるアンドレアルの姿があった。


「……? シモンズ殿は何処だ? 退かれたのか?」

「アタシが斃したわよ。死体ならあっちに転がってるけど?」

「っ……!!」


 緊張に表情を歪めるテミスをよそに、静かな声で問いかけたアンドレアルの言葉にサキュドが誇らし気に言葉を返す。


「なんだとっ!? そんなまさか……」

「何よ? 疑うつもり?」

「っ……いや、失礼した。あのマグヌス(・・・・・・)の同輩が、偽りを述べるとは思えん」

「…………」


 ぞくり。と。

 アンドレアルがサキュドと言葉を交わす度に、彼が姿を現した瞬間からテミスの中に芽生えた疑念が、急速に確信へと変わっていく。

 マグヌスは、このアンドレアルを止めるべく戦っていた筈だ。深々と傷付いた奴の手は間違い無く、奴が付けたものなのだろう。

 そのアンドレアルがこうして姿を現したのだから、マグヌスが敗れたのはほぼ間違いない。

 だけど……。もしかしたら……。

 そんな、願望にも似た思いが、テミスに一つの質問を紡がせた。


「マグヌスは……どうした? アンドレアル。お前は……どうするつもりだ?」

「…………」

「フム……そうさな……」


 アンドレアルはその問いに小さく息を吐いて言葉を止めると、揺れる瞳で自らを睨み付けるテミスの視線を真正面から受け止めた。

 そして、小さくため息を吐いた後。静かな声で口を開いたのだった。


「……死んだよ。勇敢な男だった。遺体は向こうにあるから、弔ってやると良い」

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